さあ、時間のお話です。

時間のことを説明するのにはまず、”この世界がどうしてできたのか?”から喋らないといけません。

宇宙の誕生についての詳細は著書に書いてあるので、ここでは必要な所だけ述べます。

(ちなみに本には時間のことは書かれていません)

 

まず、あなたが創造主だと仮定してください。

そしてあなたは自分自身を体験的に知るという意図のもとに、人生ゲームを作ることにしました。

まあ、この時代ですからコンピューターを使ったゲームですので、そのゲームソフトが書きこまれているCD-ROMを作成するわけです。

あなたは創造主ですから、そんなものは一瞬で作れるのですが、その内容はプレイヤーが人生の中で考えうる限りの選択とそれに対応した結果が書き込まれています。

これ、当たり前ですよね?

だってゲームやってる最中にゲーム本体を作るわけにはいかないんですから。

ということはです、プレイヤーが何を選択しようと(どのような発言をし、どのような行動をとろうとも)すべての結果はすでに起こったこととしてソフト上には存在しているわけです。

問題はプレイヤーのゲーム上での位置というか視点なのですね。

これこそが時間についてよく言われるところのすべては今起こっているということです。

 

ゲームをやっている最中、あなたがある局面で一つの選択をし、それに基づいて行動する。

次の局面ではそれに対する結果を経験する。

つまり、ゲームソフトというのはつきつめて言うならすべて原因と結果から成り立っているのです。

結果はまた次の選択を要求するのでそれ自身が次の瞬間には原因となり、さらなる結果を生むわけです。

 

さて、ここに至って創造主たるあなたはゲームをより面白くするためのあるアイデアを思いつきました。

それこそが時間という概念の導入です。

原因と結果が連綿と続いているところに、時間という制度が入ると話ががぜん盛り上がるのです。

たとえば、後悔という感情、不安という感情、これは過去未来という感覚がなければ生まれ得ないものです。

夢というのは、時間の概念から解放されている世界です。

だからこそ、夢でかなり長い物語を経験した後に目が醒めてもたった五分しかたっていなかったなどということが起こるのです。

でもね、確かに夢はそれなりに楽しいのですが、あれだけポンポン場面が変わったら全体として何が何やら分からなくないですか?

ですから、少なくとも三次元とか五次元とかの世界では、時間という幻想があった方が楽しいのですよ。

それとですね、これものすごく大切なことなのですが、時間という概念がないと生命の基本的特質である進化というのがわかりにくくなるのです。

ですから、どのような高次元の世界でも全く時間の概念がないということはなくって、ただそれがゲームを面白くするための幻想だと認識しているという違いがあります。

 

さて、今までは人生ゲームのプレイヤーが1人というお話でしたが、あなたはあらゆることをすべて仮想体験したいと考えているので、今の地球で言うなら約70億人のプレイヤーが同時にゲームをしているわけです。

そして、あるプレイヤーのゲーム上に他の多数のプレイヤーも登場し、彼らは彼らなりの選択をし結果を生むという非常に複雑にして精緻なゲームソフトなのですねえ、これが。

あ、ちょっとそこのあなた、あのですねえ、何気に読んでらっしゃいますけど、世界中どこを探しても時間についてこれほどわかりやすく説明しているものなんて、ちょっと見つからないですよ、マジで。

問題は、一体どれだけの人がこのホームページを見てくれているのかという点にあるのですが・・・。

 

現在の時の基準になっている太陽暦というのは、これはもう滅茶苦茶以外の何物でもないのでして、まず太陽が昇って沈むところから地球の自転を1日と決めました。それを24で割って時間を決め、さらに60で割っていって分と秒を決めました。

また、地球が太陽の周りを回る公転に365日かかるところからそれを1年と定め、さらに12で割り月という単位まで作りだしました。

これらすべて人間が作りだしたものです。

365日を12の月で割るわけですから当然すべて同じ日数にはならないため、日が多い月と少ない月ができ、おまけにうるう年などという特例まで設けました。

よろしいですか、宇宙の法則というのは非常に高度であるがシンプルでして、もし例外とかがあるのであればそれは宇宙の真理からかけ離れているということなのです。

真理には例外は絶対にあり得ません。

ということで、現在のグレゴリオ暦をもとに生活していると生命本来のリズムを崩すことになり、逆に言うなら暦を変えるだけで(月の満ち欠けを基準にする)世の中の病気はずいぶんと無くなること必定なのでございます。

▲ファンタジーのTOPへ