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ココロとカラダ

人の本体

魂が肉体に宿ると言われますが実は違って、魂(オーラ)と呼ばれるエネルギー体の中に肉体が現象化されるのです。

我々の目に見えている人間の肉体というのは、人の真実の姿のごく一部に過ぎないのです。

魂(オーラ)

このオーラはいったいどこまで広がっているかというと無限です。

宇宙の果てに向かって限りなくその濃度は薄くなりながらも絶対になくなるということがないのです。

今度は逆にこう考えてみましょう。右の写真で言うなら、宇宙の中のオレンジや赤という要素があちこちから集まってきて、徐々にその濃度を増しながら最後にわたしという肉体を作るのだと。

人は基本的に三つの部分から成っています。

それは肉体、感情、精神です。

よく感情は心にあり精神は脳にあると誤解されるのですが、そうではありません。

感情も精神も肉体のあらゆるところに存在します。

肉体のすべての細胞に感情があり精神があるのです。

そしてそれらの一番濃密な部分がいわゆるハート(こころ)と呼ばれるのですが、必ずしも心臓と一致はしません。

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病気について

我々の本体はエネルギー体であり、人間関係とは様々な色のオーラつまりいろんな要素のエネルギーが混じり合っている状態だということです。

肉体が変調をきたしたりネガティブな感情をため込んだりするとオーラの色が変わります。

こういったことをよく理解しないと健康のことを考える時や病気に対処する時に誤ってしまうのです。

肉体のことをきちんと理解すると病気に対する対応が変わります。

病気というのは決して悪者ではなく、すべてが完璧だからこそ、ある原因に対しての結果として病気になるということがわかります。

その原因は肉体そのものにあることはほとんどなく、本人が意識するしないにかかわらず感情や思考の結果であるということです。

これについての詳細は著書を参照してください。

ですから薬や手術などの治療で肉体そのものだけに焦点を当ててしまうと病気を引き起こしている本当の原因が放置されたままになってしまいます。

すると体の不調そのものは一見治ったように見えますが、いずれ再発したり、あるいは別の部位の異常を起こすかもしれません。

別の部位の異常が起きれば人は違う科の違う医師にかかるわけです。誰一人その人をまるごときちんと診察しないままです。

また必ずしも病気の中だけで話が回るわけではありません。

もしかしたらその人に病気を起こした本当の原因は、次に人間関係のトラブルを起こすかもしれないのです。

あるいは問題はその人自身ではなく家族や友人に起こり、間接的にあなたにメッセージを伝えようとするかもしれません。

こういったことを今まで誰一人教えてくれなかったのです。

ですから肉体に限らず日常起こる問題を各々有機的に結びつけることなく別個に処理しようとし、結局根本的な解決にならなかったのですね。

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虫歯、歯周病、咬み合わせ(スピリチュアル的解釈)

虫歯や歯周病は肉体的な観点から見れば確かに細菌感染が原因です。

ですから細菌をやっつければ治るし、予防もできるわけです。

でもね、細菌やウイルスというのは人間が誕生する前から地球上に存在したのです。

本当にそれらは退治しなければならない悪者なのでしょうか?

どうやら問題は人間の方にありそうですね。

虫歯、歯周病、咬み合わせの問題

私が虫歯の本当の原因に気づいたのはあることがきっかけでした。

診療をしていると時々双子のお子さんが来られるわけです。

すると双子のうち一人は虫歯も全くなくすごくきれいな歯をしているのに、もう一人は虫歯だらけというケースに何回か出会ったのです。

親は虫歯が多い子の方により注意を払うようになります。

甘いものは食べさせない、歯磨きも親が仕上げ磨きまでしてあげている。

でも相変わらずその子には虫歯ができ続けるので、親も「先生、どうしてでしょう?」と相談されるわけです。

何組かそういう子供たちをみているうちに、どうも虫歯が多い子の方は心理的な緊張感が強いのではないかと思うようになりました。

そしてある時突然にひらめいたのです。それはつまりこういうことです。

虫歯

実は双子には本人たちが気付いていない二つの相反する感情が存在します。

それは、「こいつさえいなければ、わたしが親の愛情を独り占めできるのに」というのと「わたしさえいなければ、この子が親の愛情を独り占めできるのに」というものです。

そして生まれてくる前のお互いの魂同士の約束事として、どちらかが優性すなわち自分が生き残る側になり、もう片方が劣性つまり自分を消し去ろうとする側になります。

あくまでもその種類の想いを抱いて人生を歩いていくように生まれてきたということです。

そこで幼い魂が自分を消し去る精一杯の表現方法として自分の歯を溶かす、すなわち虫歯を作るわけです。

少し専門的な話をしますと、そのために唾液の緩衝能(食事をした後に口の中が急激に酸性になるのを中性に戻す能力のこと)を低下させるようになります。

自分を溶かすのであれば胃潰瘍でもよさそうなのになぜ虫歯なのかと言いますと、虫歯が一番親に気づいてもらいやすいからです。

つまり劣性の方の子供も心の底では「わたし本当はこんなに寂しいんだよ」と訴えているのです。要するに虫歯はその人が心の底に抱えている寂しさを象徴します。

歯周病

歯周病はまず歯ぐきの炎症で始まり、そして徐々に歯を支えている顎の骨を溶かしていきます。これは胃潰瘍に似ていますね。

つまりストレスなのです。

本当はやりたくないことを無理に頑張ってやっているということです。

なぜ頑張るのか?

人が頑張る理由はたったひとつで、親に認めてもらって褒めてもらいたい、そして愛情を勝ち取りたいという想いです。

ただ歯周病の場合、それとともに怒りを自分の中に抑え込んでいることが多いようです

そしてその怒りは、小さい時に親に十分に愛してもらえなかったという寂しさとともにあります。

最近、歯周病と糖尿病や心臓病との関係が明らかにされていますが、これは至極当然の話で糖尿病も心臓病も本当の原因は頑張りすぎなのです。

顎関節症

顎関節症は顎が開きにくくなったり、関節の音が鳴ったりする病気ですが、関節というのは血液の濾過をする役割があります。

血液の何を濾過するかというと、感情のうち毒の部分であり、それは恨みであったり「なぜわたしがこんなに我慢しなければならないのか」といった想いです。

顎の関節の発育上最も大切なのは授乳期なのですが、この時期に母乳を十分与えられない状況であると、その寂しさや我慢した感覚が将来問題を起こします。

咬み合わせとからだの不調の関係も最近明らかにされつつあります。
咬み合わせというのは“火(か)”“水(み)”合わせであり、自分の中での陰陽のバランスがとれていないということです。

また表層意識での自分と深い部分での真我がバラバラである、つまりその人が宇宙と調和していないという意味なのですね。

ですから咬み合わせが不調だとからだに様々なトラブルを起こすのは当然の話です。

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感情の本質

えぇ~、毎度一席お付き合いをお願いいたします。

こんにちお話しする内容は、知っているのと知らないのとではまるで大違いで、知っていますと世の中を随分とお気楽に過ごしていただけるという誠にありがたいお話で。

人間の感情

喜怒哀楽という言葉がございます。

人間の感情のことなのですが、実はこの中に一つだけ他と全く性質を異にするものが混じっているのであります。

それは何と”怒り”なのですが、これはどちらかというと感情の中に入れないでくれという類のものなのです。

なぜかと言うに、 それぞれの感情がわき起こる瞬間のことを想像してみてくださいませ。

嬉しい時にはとっさに「やったぁ!!」とか、「よかったあ」などの言葉とともに独特の満たされるような何とも言えない感じが体中をかけめぐりますよね。

喜びとはまさにその時の体にわく 感覚のことであります。

このように感情というものが実は体感のことなのだということをお忘れなきよう願います。

哀しみという感情

哀しみというのも同じでして、「ああ、哀しい」と頭で考えてから涙を流す人などいないのです。

あるものを見たり聞いたりした時にとっさに胸の奥が締めつけられるような感じがする、目頭が熱くなる、涙が吹きこぼれる等、これらの肉体に生じる感覚こそが哀しみの本質です。

涙を流すというのは喜びの時にも起こるわけですが、これらすべてある一つの大きな感覚が元になっておるのです。

それこそまさに、ワンネスつまり皆が本当はつながっているんだという感覚です。

忘れていたこの感覚を何らかの理由で体が思い出す時に涙が流れるようになっているのであります。

楽しいという感情

楽しいという感情も定義できなくはないのですが、この感情は喜びと同義に解釈もできるので、そうしますと喜怒哀楽というのは喜怒哀を楽しむととらえることも可能なのであります。

怒りという感情

さて、問題の怒りという感情ですが、例えばあなたがレストランで食事をしていたとしましょう。

食事の最中にあなたの前に座っていた全く知らない人が何の脈絡もなく、いきなりあなたの顔に向かってコップの水をぶっかけてきました。

普通は当然怒るわけなのですが、でも水をかけられた瞬間のことを考えてみてください。

その瞬間に怒りの感情がわくでしょうか?

何が何だかわからない、「???」というのが本当のところではないでしょうか。

でもその直後から、「なんだこの見ず知らずの奴は!!」他、色んな考えが一瞬のうちに頭にわいてきて、それから「何をするんだっ」と怒り出すわけです。

つまり喜び、哀しみと違い、その瞬間に感情が体感として現れるのではなく、自分の頭で考えたことに体が反応してムカムカしたり、はらわたが煮えくりかえるような感じになったりするのでありますね。

ということは、怒りというのは本来人間が備えている感情ではないということです。

数えきれない位多くの人が、自分の怒りという感情に対してどうにもならなくって苦しんでいらっしゃるので、もう少し別の例で詳しくお話しましょう。

本来人間が備えている感情

電車の中での携帯電話の例が最もわかりやすいと思うのですが、ある朝あなたは通勤電車で座席に座りながら夢中になって小説を読んでいます。

あまりに夢中になっているので周りの状況に全く注意を払っていない状態です。

ただ、隣の人が誰か親しい人と会話をしているくらいのことは何となく耳に入ってきています。

しばらくして、今電車はどのあたりを走っているのだろうとふと顔をあげてみると、隣の人が実は携帯で話していることがわかりました。

その瞬間あなたにはどうしようもない位のムカムカした感覚がわきあがってきます。

これがいわゆる怒りという感情なわけですが、でもね、ちょっと待ってください。

隣の人が携帯で話しているという状況は最初から同じなのです。

ただあなたが、そのことを目の当たりにして、「電車の中で携帯で話すのはマナー違反なのにこいつはどうして話しているんだ」と裁きだした瞬間から怒りがやってきます。

携帯で話している人を見た瞬間に怒りがわくと言いましたが、よくよく見ていきますと、その人を見たごく一瞬後にその行為がマナー違反であるとあなたが認識してはじめて怒りがやってくるのです。

他の喜びや哀しみと比べてもらえればわかりますが、出来事を体験した瞬間に体に起こる独特な感覚が感情なのに、怒りに関しては出来事の後に自分の頭で善悪の判断をしてその判断の結果、怒りの感覚が体にわいてくるわけです。

であるならば、あなたが何も考えない、出来事に対して何の価値判断もせずにただ体験しておれば怒りという感情は起こりようがないのでございますよ。

ここです、ポイントは。

そしてその価値判断は決してあなたがしているのではなく、人類がはるか長い期間にわたって蓄積してきたマインド(既成概念)という大変に強力なエネルギーがあなたを手足のように操っているだけなのですね。

 

ちなみにある日、世間のルールが思いっきり変わって、この時代に電車の中といえど携帯が使えないのは大変に不便であるから、使用を認めようということになったとしましょう。

そうしますと、座席で携帯で通話するのはマナー違反でなくなるわけですから、先ほどのような状況になったとしてもあなたには怒りの感情はわいてこないわけです。

いかに怒りというものが勘違いされてとらえられているかお分かり頂けたでしょうか?

 

先ほども述べましたように、怒りというのは人間が本来持っている感情ではなくて、あくまでも後天的なものであり、親や社会からいわゆる常識というか既成概念というのを教えられて、それに照らし合わせて物事を判断する癖を否応なく身につけさせられているわけです。

親や社会が怒りというものを教えなければ、つまり子供の時に周りの人間がその子の前で怒るという行為をしなければ、その子は大きくなってからも怒るということがありません。

本来備わっているものではないので、教えてもらわない限り怒るということがどういうことかわからないのですよ。

 

怒りというのは一体何なのでしょうか?

これは人類史上かなりの長期間にわたり誤解されてきたのですが、本来、怒りというのは爆発のエネルギーのことなのです。

息を思いっきり吸った状態でできるだけ長い間息を止めてみてください。

そしていよいよこれ以上止めていられないギリギリの時にいっきに息を吐き出すのですが、爆発のエネルギーとは例えて言うとそういう状態です。

創造と破壊の神といわれる”シヴァ神”、シヴァ神の顔はその瞬間は怒っています。

これは今も言いましたように、人間における怒りではなく、たとえば宇宙創造の瞬間であるならばビッグバンの時の大爆発を象徴しているのです。

どのような爆発なのかというと、それはたとえようのない位の大いなる喜びの爆発です。

 

さて、マインドとよばれる強力なエネルギーからは自力では絶対に逃げられません。

ところがディクシャのエネルギーを受けるとそれはマインドからあなたを解放するように働きます。

ディクシャについてはこちらの記事を参照して頂きたいのですが、あなたが自分でできる最大限のことについてご説明します。

あなたの隣の人が携帯で話しているのを見た次の瞬間に、その人を裁いてしまう考えがふと頭に浮かぶのは、これはもう防ぎようがありません。

ですが、あなたはそのことについて自覚することは可能です。

つまり、その裁く考えが自分のものではなくマインドが自分を利用して裁こうとしているだけだと見破るのです。

裁く考えが浮かんだ次の瞬間にそれがマインドの仕業であると注意深く自分自身を監視するのです。

するとそれ以上相手を裁く考えは浮かばなくなりますし、怒りという感情はわいてこなくなります。これを常に気をつけてやるようにしてみてください。

物事を一切価値判断せずに、善悪、損得、優劣すべての判断を捨ててみてください。

そして、出来事をそのまま体験してください。

するとどうなるかと申しますと、そこにあるのはつきつめて言いますと、怒りでもなく、哀しみでもなくすべてがひとつなんだというワンネスの感覚、それは喜び以外の何物でもないのです。

あなたがマインドから自由になる時、あなたは従来の意味での感情の起伏は少なくなり、起こることすべてに喜びを感じるようになります。

人類すべてが喜びに包まれるでしょう。

その日はもうすぐそこまで来ていますよ。

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医者は癌を治せるか?

例えば指を少し切った時、何日かすればそこは全く痕がわからないくらいに治っているでしょう。これを一時治癒といいます。

完全に元通りという状態です。

風邪をひいて医者に行くとしましょう。

普通は訳のわからないワクチンを打たれるか、肺炎予防にといって抗生物質を出されます。

これらワクチンも抗生剤もともに風邪そのものに効くわけではありません。

その後風邪が治るのは単に体が自然に回復したというだけの話です。

医者で出す薬はその自然治癒を阻害するので、むしろ飲まずに休んでいる方が早く治ります。

 

骨折で整形外科にかかって手術をしてもらったとしましょう。

骨がくっつくのは骨がくっついたからであって、医者がくっつけたわけではありません。

医者がやったことは、骨がくっつきやすい状態を手助けしてあげたというだけです。

 

歯科で虫歯を治すとしましょう。

歯は唯一虫歯で溶けると再生しない器官なので、治すと言っていますが実際は虫歯菌に汚染されたところを除去してその部分を人工材料に置き換えているだけです。

医者も歯医者も体を治しているわけでは決してない

こう考えていくと医者も歯医者も体を治しているわけでは決してないのです。

血圧の薬で高血圧症は治りません、単に血圧を下げているだけです。

血糖値を下げる薬を飲んでも糖尿病そのものは治っているわけではないのです。

 

癌と診断された患者が病院で、手術や抗癌剤、放射線治療を受けたとしましょう。

その結果、一時的には癌病巣が縮小傾向を示すかも知れません。

このことは「病気について」でも書いているのですが、必ず何らかの形で再発すること必至です。

医者は非常に近視眼的に物事を見るので、治療後の何年生存率で治療法に対する評価をします。

患者が幸せであるかどうかなんてことはどこか彼方へ飛んで行っちゃってます。

面白い実話

面白い実話があります。joyヒーリングのケビンこと中西研二氏のもとへあるドクターが訪れました。

彼は日本で五本の指に入るであろう有名大学病院の腹部外科の教授です。

ある時体の調子がおかしかったので検査をしたところ進行性の胃癌であることがわかりました。

ところが自分の専門領域であるにもかかわらず自分の病院にかかることなく、確か奥さんだったと思いますが、無理やり勧められて嫌々やってきたのです。

だって、科学的であることを第一義とする大学病院の教授ですからヒーリングで癌が消えるなんてことは眉唾もいいとこなんですね。

じゃあどうしてヒーリングを受けにやって来たのかとケビンが聞くと、手術なんか受けたくないし、そもそも自分の医局の若いやつらになんか自分の体を任せられない。

放射線や抗癌剤なんかは、体にとって毒以外の何ものでもないし、患者がそれで苦しんでいるところをいやというほど見てきているから、自分は絶対に受けたくない。

だから、効くかどうかはわからないけれども、妻が是非にと言うものだから、まあどんなものか試しにやってみてくれ、ということらしいです。

どうです?あんまりな話だと思いませんか?

これ本当にあった話ですからね。

 

それでも病院で手術してもらってから、病気も治ったしその後一切再発や転移の兆候もなく、すこぶる快調だとおっしゃる方も多いと思います。

それね、手術で治ったんじゃないです。

病気をすることによってその人が今までの人生について思いめぐらせた結果、自然とスタンスが変わったり、あるいは病気も含めてあらゆることを体験しつくしたので、もう次のステージに行っていいよという合図として癌が消えたか、ほぼそのどちらかです。

 

ヒーリングは病気を治しません

結果として癌が一夜にして消えることがあったとしても、少なくともそういう意図をもっては行われません。

ヒーリングは大元たる宇宙とクライアントをつなぐことによって、あとは任せておけば必要なことが自動的に起こるというあくまでも仲介業であります。

ただそうはいっても、どこかで自分に何かできることがあるはずだと思っている人が多いのですが、良いヒーラーはこの際に本当に宇宙にすべてを委ねることができるのです。

 

癌が憎いですか?

癌で死ぬのが怖いですか?

「エネルギー不変の法則」というのをご存知でしょうか?

むかし習いましたよね。

これこの世界の大原則なんですよ。

生命エネルギーは決してなくなることはありません。

人が死ぬというのはその人がもうその肉体を使って体験するべきことは体験しつくしたので、今度はその肉体を離れ違う形で存在するという行為です。

それと、これあまり知られていないのですが、人は決して自分の意思に反して死ぬことはありません。

魂レベルの話ですが、あなたが肉体を離れることを自ら選択しない限り、あなたは永遠に死なないのです。

 

さあ、それでもあなたは病院に行って癌と戦いますか?

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痛みについて~苦しみの正体~

これは非常に大切な話です。

痛みとは何か?というとそれは”気づき”です。

肩こりなんかが典型的なのですが、どこかに原因となる血流の停滞がある、もう少し広げて言うと「あなたの中にエネルギーの停滞が起こっているのでそれに気づいてね」という体からのサインなのです。

どのようなエネルギーの停滞かというと、食べ物や薬、その他の外来性の刺激物(花粉、電磁波等)、あるいは感情のとらわれが各チャクラの回転異常を起こし体内、体外のエネルギーラインに沿った流れを滞らしているということです。

それに気づき原因となっているエネルギーの停滞を解消すれば良いのですが、今の西洋医学ではこのレベルの診療は行われていません。

ごく一部の手技療法を行う方の中でかなり高いレベルの仕事をされている方が、それらしいことをやっていたりはします。

ただ、そういった人でも感情のとらわれという概念は通常持たないので、根本的な診断はなされないことが多いです。

はるか昔は、各部落に一人はこういうことを理解し専門にしている人間がいて、誰かが調子が悪いとそれを本人に気づかせ解消するということをやっていたものですが、いつの間にかごくごく一部の先住民を除いてなくなってしまいました。

痛みと苦しみ

病院で癌の痛みに患者が耐えている時、痛み自体が苦しいのではありません。

痛みは単に痛みでしかないからです。

苦しみは出来事の中にあるのではありません。

出来事を苦しみとして体験しているあなたがいるだけです。

患者が苦しむのは、「なぜわたしがこんな目に遭わなければいけないのか?」と考えるからです。

 

そう考えることがどうして苦しみにつながるのでしょう?

 

それは、どのように考えようが、それによって現状は変わらないからです。

変わらないことを変えようとするのが苦しみである、ということもできます。

多くの人が何とか自分を変えよう、もっと穏やかな人間になろうとか前向き思考で行こうとか考え、いろんな本を買い込んでそのために努力します。

で、その結果短期的にはうまくいったように思えることがありますが、結局何も変わらないという経験をし落ち込むというパターンです。

そしてまた違ったパターンで努力して自分を変えようとします。

なぜこれが永遠に報われないかというと、もうおわかりでしょうが人はそのままで素晴らしいので変わる必要など全くないからです。

宇宙はあなたをその個性になるように作りだしました。

そこであなたが癌になるとしたら、その個性を自分で否定しているからです。

あなたが癌になろうが、その結果魂が肉体を離れることになろうが、宇宙はあなたの個性を変えようとはしません。

あなたがその個性でいることが全体の調和にとって必要不可欠だからです。

現在、癌で闘病中の人にはずいぶん思いやりのない言葉に思われるかもしれませんが、もうそろそろすべての人が真実を知る時なのでご容赦頂きたいと思います。

 

痛む時、人はただ痛いだけです。

それを「どうしてだろう?」と考えるから苦しくなってくるのです。

ここでの「どうして?」はスピリチュアル的な意味ではありません。

誰のせいでこうなったのか、私の何が悪かったのかと考えてしまうということです。

 

我々歯科医はよく痛みを抱える患者さんを相手にします。

ところが時として我々の治療により痛みを与えてしまうことがあります。

よくあるのは、かぶせものがとれたと言って来院されてレントゲンを撮ってみると歯の根っこの先に病巣がある。

そこで神経の治療をしようとした時に、慢性化していた炎症が治療の刺激により急性発作して痛んでくるというものです。

おそらくこれを経験したことのない歯科医はいないでしょう。

もちろん細心の注意を払って治療に当たるのですが、それでも起きてしまうことがあります。

申し訳ないという思いでその後のフォローをするのですが、中にはその誠意が通じない患者さんがいらっしゃいます。

もちろん治療により元々炎症はあったにしても痛みは全くなかった歯が痛むのですから、腹が立つのはわかります。

それにしてもこの患者さんはどうしてこのような態度をとるのだろう?と思う人がいらっしゃるのです。

実はこちらは何が起こっているのかはすべてわかっているのですが。

歯も他の臓器と同じで上下左右どこの何番目の歯がどういう問題を起こしたのかで、その人がとらわれている感情が違うのです。

ただし、これについては大まかにはわかるのですが、詳細はまだわかりません。

そのほとんどが根底に自分の父親、母親との感情の確執を抱えておられます。

ただ、そんなことを目の前の痛んでいる患者さんにはとても伝えられないので、こちらは誠意を持って何とか痛みが治まるように努力するだけです。

しかしこういう患者さんは多くの場合、治りづらいです。

本当は親との関係に問題があって、それが何かしらのきっかけで歯の痛みとして表面化している。

ただ、この場合明らかに歯科医がその痛みの原因なので、その歯科医を責める、という具合です。

 

ならまちワンネス歯科においてはこういう場合、素直に患者さんに申し訳ないと謝り、自分たちを正当化しようとはしません。

そうなると相手は怒りのもって行き場がなくなって結局通院を中断され他の歯科に行かれます。

でも実際問題その方の痛みをとるという意味では主治医を変えるのが一番の方策なのです。

あえて申し上げますが、私は歯科医側の弁護をしているのではありません。霊的な事実を申し上げているのです。

 

再度繰り返します。

痛みは単に痛みでしかありません。

それがあなたに何をもたらすかはあなた次第です。

痛ければもちろん医者や歯医者に行くべきでしょうが、その本当の原因を知るのも悪いことではないでしょう。

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究極のアンチエイジング

まず認識しておくべき重要なことは、アンチ〇〇というのをやっている限りあなたは〇〇に捉われ続ける、ということです。

抗加齢ということは加齢することに抗うということです。

これはこの世界の非常に基本的な原則なのですが、あなたがあるものから逃げようとするとそれは永久にあなたを追い続ける、そしてあるものに抵抗すると相手は益々強大になる、というものです。

ですからアンチエイジングというのをやっている以上は、年をとることに対する抵抗感や恐怖心があるわけですから、それはあなたをどこまでも追いかけてきて結局あなたは加齢していくということです。

テレビや講演でわけ知り顔で喋っている人たちは何を考えてるんでしょうね。

肉体的には年齢に応じた生理的状態でいること

正しくは「肉体的には年齢に応じた生理的状態でいること」、ではないでしょうか。

そして精神的にいつまでも若々しくあるためには、これはもう心のあり方です。

それについては他の項でも間接的な答えを書いているので本項では省略します。

ここでは肉体面に限ってお話をしますが、その際にやはりアンチエイジングという言葉を使った方が現在のところわかりやすいと思うので、あまり正しくはないんだけれど甘んじて使いましょう。。

既成概念を捨てる

まず年をとると皺が増えるとか足腰が弱るとかいう既成概念を捨ててください。

加齢すると確かに若い時とは体の状態が変わっていきますが、それはあくまでも年齢に応じた変化であって、衰えていっているわけではないのです。

このことをまず確認しておいて欲しいと思います。

もし近くの物が見えづらくなったのなら、あなたは今近視眼的なものの見方ではなく、より大局的なものの見方をするように体が変化してきたということです。

これは詭弁ではありません、本当にそうなのです。

新聞や本が読みにくい?もうそんな他人が書いた情報など必要ないということですよ。

 

ほとんどの人がうまくいけば平均年齢のおよそ80歳を過ぎた位で病気か老衰かで死ぬだろうと考えていることでしょう。

でも僕は違います。

馬鹿にされるかもしれませんが、今回の生では最低でも150年、長ければ200才まで生きるつもりなのですが、それはそうしないと今回のミッションが完了しないと思うからであります。

そして僕は平均寿命などというものは全く頭の中にありません。

何となくその年齢で死ぬ老人を見ているから、自分もそうなると思って確かにその通りになる。

それを見ている子供や孫たちもやはり同じような道をたどる。

これが連綿と続いているだけであります。

人は本来そんな短い寿命ではありはしないのです。

でも仮に僕が明日何らかの理由で死ぬとするならば、それはそれでかまいません。

本当に死ぬかどうかは、実際に死んでから僕の核心部分が今回の生に満足したかどうかで決まるので、今、表在意識の僕がどうのこうの言えないのですが、一応今生では三次元の形をとりながらこの世界の真実の姿を垣間見ることができたし、数々のメッセージを通じて多少なりとも誰かの役に立ったであろうと思うからです。

そして僕が生まれてきた本当の理由、それに関しては十分に体験したし現在も体験中なんですね。

生命が永遠であることを理解している人間にとっては、肉体的な死というのは新たなる旅立ちであり祝福されるべきもの以外の何物でもありません。

年齢相応の状態でいるにはどうしたらいい?

では肉体的なアンチエイジング、というか年齢相応の状態でいるにはどうしたらいいのでしょうか?

そもそも生理的状態から逸脱する原因は何でしょうか?

これは「病気にならない方法」でも述べていますように、間違った肉体の使い方にあります。

体にとって望ましくないものを摂取しているのなら、それらを止めるべきでしょう。

過度に体を動かすスポーツではなく、適度な運動も必要です。

また非常に大切なのに、ないがしろにされていることに呼吸法があります。

現代人は口呼吸をする人がすごく多くて、それが直接間接に体に害をなしている(免疫力は極端に落ちる)にもかかわらず、そのことが認識されていません。

ヨガなどの健康法で呼吸法を無視したものなど存在しないのです。

正しい鼻呼吸かつ腹式呼吸が見直されることが今本当に必要だと思います。

 

さあ、いよいよ核心です。

そして最も本質的なもの、それは感情のとらわれに他なりません。

体の各器官は霊的次元では感情の濾過装置として働きます。

人は本来あらゆる感情を味わうために生まれてきました。

でも我々は子供の時から怒ってはいけない、泣くのはみっともない、笑うのははしたない、などと感情を表すのを禁じられてきました。

その結果、抑圧してきた感情に対応する器官の濾過機能がマヒしてしまって体のバランスを崩す、というのが肉体が生理的状態でない最大の理由です。

究極のアンチエイジングのために必要なもの、それはまず今まで抑圧してきた感情のヘドロをきれいにクリーニングしてあげること、そしてそれからはあらゆる感情をそのまま味わい表現すること、これに尽きます。

溜まった感情のクリーニング

溜まった感情のクリーニングには、そういったセミナーを受けられるのが最も手っ取り早いと思うのですが、ここでは自分で出来る方法をお教えします。

まずは静かに横になれるような場所を確保してください。

そしてこれから自分の内面深く入っていきますので、決して不安にならないように自分が最も信頼する人、神様でも仏様でも死んだお祖母ちゃんでもなんでもかまいませんから、その人に「今から自分を深く見つめていくので守って下さい」、とお願いしてください。

これは非常に大事なことで、お願いした瞬間、あなたは宇宙と明確につながり以降のステップがよりスムーズに進みます。

では始めてみましょう。

 

・今のあなたの状態を見つめてください。

人間関係、仕事は順調ですか?

どのような悩みがありますか?

ただ見つめるだけで結構です。

 

・一年前のあなたはどうだったでしょうか?

3年前、5年前は?

 

・子供が生まれた時、どうでしたか?

嬉しかったですか?

ご主人が側にいなくて不安でしたか?

 

・結婚する時、ご両親は喜んでくれました?

それとも寂しそうでしたか?

 

・社会人一年生の時、張り切りましたよね。

会社でみんなに認められましたか?

 

・大学受験の時、お父さんがそっと渡してくれたお守り、今でも大切にしていますか?

 

・高校の時の文化祭、好きな人と一緒に劇をするのでドキドキしましたよね。

あんな甘酸っぱい思いはあの時だけだったかもしれません。

 

・中学に入っていきなり勉強が難しくなり、ついていけなくて、おまけに友達もできなくて本当に寂しかった。

誰もそんなあなたの気持をわかってあげられませんでした。

 

・小学校の入学式、桜の花の下で大きなランドセルを背負ったあなたは、お父さん、お母さんにはさまれて少し照れくさそうに写真に写っています。

 

・やっとつかまり立ちができたあなたを見に、お父さんが仕事を放り出して駆けつけてきました。

お父さんは嬉しくって、せっかく歩き出したあなたを抱きかかえてしまい、お母さんに叱られていますetc….

 

このようにあなたの人生で起こった様々な出来事、その時の感情をもう一度再体験するのです。

細かく細かくみていくと、案外人生の節目の出来事より、何てことのない小さな出来事の方が心の奥底でひっかっかっていたりするものです。

あの時、お母さんはわたしより妹の方をかばった、とか、お父さん出張の帰りにわたしにだけお土産をくれなかった、などです。

その時の感情をもう一度味わってください。

あ、でも今度はその感情から逃げてはダメですよ。

そんな気持ちを抱いちゃダメなんだ、子供は親のことをそういうふうに思っちゃダメなんだ、などと考える必要はありません。

だから、その時の何とも言えない寂しい気持ち、自分だけ置いて行かれたような気持と、そこにとどまって下さい。

そして十分味わったら次のシーンへと移動しましょう。

この時に相手の気持ちを考える必要はありませんが、もしそれが自然とやってくるようなら一緒にそれも味わってください。あなたには必要なことしか起こりません。

 

このように皆さんは生まれてからの色んな感情を十分体験することなく、その切れ端を人生のあちこちに置いてきてしまっているのです。

だからもう一度それを拾ってあげましょう。

あなたが本当に癒される方法はそれしかありません。

そして理想的には、その時の怒りや悲しみを思いっきり表現する方が望ましいです。

もし誰にも見られないし聞かれない場所があるなら、是非そこで思いっきり叫んで怒って泣きじゃくればいいのです。

あなたが男性であっても同じことですよ。

でも、それができなくても感情の再体験だけで十分効果がありますのでご安心ください。

すべての再体験が終わったら、一緒に見守ってくれた存在にお礼を言ってくださいね。

 

著書の方では「感情は自分が味わうためのものであって、これを相手にぶつけると当然新たな問題を引き起こします」と書いてあります。

「相手はあなたにその感情を味わえるように協力してくれているのであって、文句を言うのは筋違いである」としています。

確かにその通りなのですが、唯一感情をぶつけてもよい相手がいるのです。

それがね、実は家族なんですよ。

小さな兄弟を見ていると、エゴのぶつかり合いですぐにケンカするけれども、知らない間に仲直りしてますよね。

本来家族というのはそういうものなんです。

 

さあ、体から感情のヘドロが全部クリーニングされました。

そして今あなたは人はあらゆる感情を楽しむために生まれてきたということを知りました。

もう、大丈夫ですよね。

ある女性歯科医がアンチエイジングのために顔の表情筋のストレッチを推奨されています。

ある意味、当っているんですが、やっていることは要するに作り笑いをしてください、といことです。

そうではなくて、腹が立ったら怒る、悲しければ男だろうが大人だろうが思いっきり泣く、面白ければ腹を抱えて笑う、そうしておけばあなたは永遠に年齢相応の健康な生理的状態にあること請け負います。

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