昨日曜日はFEI整体の勉強会が大阪でありました。

スプリンターズステークスは外れました(話とびすぎ)

ほとんどの人は何故3着に16頭中15番人気のマル地馬マヤノリュウジンが来たのか首をかしげていることでしょう。

その理由は昨年のこのレースにおいて1番人気で2着に敗れたカレンチャンに騎乗していた池添騎手が乗っていたからに他なりません。

これこそが今年のG1戦線を解く鍵なのですが、馬券というものは外れる時には外れる。

 

およそ生命体たるもの、宿命的に持っている欲求があります。

”進化したい” 

これです。

進化するためには当然目の前に乗り越えるべき壁の存在が必要です。

どんな壁を乗り越えたいのか事前に決めて生まれてくるのですが、そんなことも忘れてしまって生きていますと、人生途中で何度も挫折して最後には死にたくなることもあるのかもしれません。

書いてしまえばこれだけのことで、きれいなお花畑の中で、手を伸ばせば何でも揃うというような状況は、2,3日もすればそれ自体が苦しみになります。

退屈で、退屈で、、、、、いっそ死んでしまいたい、なんてね。

空から見たら、お花畑の中で数万人が自殺していた、みたいな(笑)

 

てなことなので、人によればこの世は魂の修行だとか、学校だとか言うわけですが、修行や学校が楽しいという人は別として、僕自身はそういうのは好きじゃないのでやはり楽しくいきたいものだと思っています。

でも壁は厳然として目の前に聳えたち、そういった理屈ですから、ひとつの大きな壁を乗り越えてヤレヤレと思っていたら今度は頂上も見えないような壁がまたかよ!という具合に出現してきます。

いったいいつまで続くんだろう?

こう考えるとやってられなくなる気持ちもわかります。

でも自分でチャレンジするために”自分で”決めてきたのだから、そういったものだと諦めて、、、、じゃなく挑戦しているんだと楽しめたら良いですね。

エベレスト登山なんてそうでしょ。

本人はつらいけど楽しいのです。

だから成功してもまた次の冒険に出る。

 

人のからだ(肉体的じゃない)は、身体性と精神性と霊性から成っております(ざっくり言うとですけど)

なのでどれかに偏るのは健康上よろしくないわけね。

スピリチュアルやる人はどうしてもそっちばかりに行きがちです。

身体の方は健康のためにやるヨガとかサプリの摂取とかになりがちです。

それらが悪いとは言わないけれど、果たしてそうなのだろうか?

健康を崩している何かがないですか?

そっち直すのが先じゃないの?

誤った生活習慣のことです。

 

精神性や霊性の方はどうしてもそっち系の本やセミナーになります。

たいていの人は実生活で悩みや苦しいを抱えていて、その解決の糸口として精神世界の門をくぐることが多いようです。

なんかの本を読んで助けられたとか、過去世療法を受けて人生が変わったとか、それはそれでいいんだけど、なんか違う気もする今日この頃。

 

先ほども言った人生での壁は、我々一人一人に対して特定の意味を持つように、壁そのものじゃなく、その人自身の特性(個性)を作り上げるようになっております。

受け手の側の個性をコントロールすることにより、壁に特定の意味を持たせる(その人が超えていくべきものという意味を持つ)

そのコントロールの方法として過去世があるのであり、特定の親の元に生まれてくることによる条件付けなどがあるのです。

勘違いする人は、過去世に壁の原因を求めるし、親を恨んだりします。

それらは人の個性を作るだけであり、その個性の元だと壁がかなり手強くなりがち

ところが、その個性でもっても、その壁を超えることができる。

個性には陰と陽があり、言い換えればネガティブとポジティブという意味になるのですが、ネガティブな個性に翻弄されて生きていると壁はとてもじゃないけど太刀打ちできない。

ところがそのポジティブ面に気づき活かしだすと活路が開ける。

そういう具合になっております。

そのうちにネガティブがいわゆる悪いという意味でもないことに気づきだすでしょう。

それも必要なのです。

 

こうやって我々は物事や自分や他人を比較したり、否定したり肯定したりを繰り返しながら、結局はワンネスに向かっていきます。

そしてワンネスに必要なのは個々の陰陽両方共の個性であるということなのです。

それらが覆い隠されずに輝く時に、まあ、次のステージかな。

 

過去世というのはDNAと同じで、それを持っているからと言ってこの世界で必ず発現するわけではありません。

首を絞めて殺された人が、胎内でへその緒が巻きつくみたいに、この現象界においてそのスイッチをONにする何らかの出来事がない限り人生に影響を及ぼさない、というかないのと一緒。

つまりね、すべてのヒントも答えもこの三次元世界にあるのだということです。

そしてそれらに気づき自分を奮い立たせるだけの勇気は誰でも持っているはず。

スピリチュアル好きな人にはもう一度、知らず知らずのうちに何かに依存していないかチェックして頂きたいものです。

僕が思うに、精神性や霊性が高まれば、とんでもない能力が開花したり、愛に包まれたり、とかではなく、より現実世界に集中して生きるようになるんですけど。

5次元へのアセンションはね、そこを目指すのではなく、3次元を一所懸命生きていれば勝手に行きつくという思いが強くなってきました。

 

「シャングリラからの伝言」はずっと依存されるのを拒んできました。

これからも一緒です。

それは個人から力を奪うことになるからです。

すなわち個人の力を信じています。

でも本人が自分の力(霊的な力じゃないよ、勇気のことだよ)に気づかない場合が多いので、こればかりはどうしようもありません。

だって力を与えることは、出来ないのじゃなくて、僕はしませんのでね。

 

てなことをFEI整体の高橋先生と飲んで喋っていて考えさせられました。

すでに何人かが当ブログを読んで、FEIの治療院を受診しているというのを聞いてブログの影響力に驚き。

もしかして幾ばくかの人たちが競馬中毒に・・・・・ならんか、そんなもん。

2013.10.1