道を歩いていると、ふと例の如く変な感覚にはまってしまった。

思考が停止し、自分の視点だけが動いている感覚。

道行く人々は、人生の何たるかも、生きる目的もわからずに、ただ生活している、まるで愚かな家畜のように見えてきた。

僕、対、他の馬鹿な民衆。

その傲慢すぎる考えに我ながらひいてしまって、少し距離を置いて自分を見てみると、それらは僕が意図して思ったことではなく、単にそのような思考のエネルギーに包まれただけであることがわかる。

 

思考が停止しているといっても、ごくわずか残っているようだ。

その残りの思考を使ってもう少し見てみると、どの人にもそれまでの人生の経験や記憶があるのであり、僕が今考えたようなことがすべての視点にあり、それらを顔に出さず皆が歩いているのだと想像すると、実に恐ろしくもある。

しかし、この思考ですら単にそのエネルギーを拾っただけに過ぎず、僕の思考ではない。

マインドを思考と訳すのか、既成概念と意訳するのか、難しいところであるが、自分を捉える自分と他人を分離するような考えもマインドならば、それをマインドの仕業だと判断するのもマインドなのだから面白い。

 

一度、すべての価値判断を捨ててみる。

一切の邪念、妄想が浮かばないようにした状態、心の曇りを取り払った状態で周りを見てみると、それはもう単なる風景でしかない。

自分の中に何の感情もないので情景などというものでもありはしない。

そのまま視線を自分に移してみると、そこにあるのはただのきれいな空っぽの魂の器とでも言うべきもの。

ああ、僕は本当はこんなにきれいだったのだ、と感じ入る。

 

目を凝らしてよくよく見てみると、その空っぽのはずの器にはごくごく薄く色のついた水が入っている。

この色が僕の個性であり、僕の性格であり、僕そのものであり、この色の波長に応じた物事を呼び寄せる。

Pure Mind

僕はいったい何色だろうか?

 

 

皆さま、3週間のご無沙汰でした。

わたくし、11月の1~4日まで本当ならケビンのヒーリング上級セミナーを受けるはずでした。

ところが思うところあり、そちらをキャンセルして3,4日と東京で開かれる顎顔面口腔育成研究会の学術大会に出席することにしました。

思うところとは、ヒーリングは誰でも出来るとはいうものの、本来は専門職であり、その能力に秀でた人がやれば良いということ。

素人が手を出すと、そりゃいろんな奇跡が起こるかもしれませんが、知らないうちにクライアントのネガティブなエネルギーをもらいまくる可能性だって大きい。

なので家族やごく親しい人だけに必要な時にする、くらいでいいじゃないか、と。

 

診療所の方は完全に休診の予定でしたから、スタッフなんぞもすでに個人的な予定を入れており、今さら仕事できない状況。

考えてみれば明日、10月31日は木曜日なので元々休診。

つまり僕は学会前に3日間の休みがある。

これは一人旅だろうと考えました。

明日より関東方面に向けて旅に出ます。

 

ヒーリングセミナーを申し込んだ動機も自分をリセットするためでした。

診療所の方針も予防に向けて大きく方向転換しようとしているし、先週から新しい衛生士も入ってくれたし、色々と心の中を整理したく思います。

様々なシンクロにも出会い、本来の進むべき道を行っているとは思うものの、どこかモヤモヤしたものがあるのも事実。

自分を見つめ直してみる。

当ブログを読んで、心が晴れたとか、導いて頂いたとか言って頂くのも面映ゆいのです。

僕個人がまだまだ模索中ですから。

 

誠実な思いだけを胸に、あすの朝、京都駅から”こだま号”に乗り込みます。

旅先の温泉地でブログを更新できるようならしますので、その節は読んでやってください。

では、ごきげんよろしゅう。

2013.10.30