~5月9日投稿分より~

 え~、わたくし、自分の医院のHPの方では毎日700人以上が何らかの形で訪れ(クローラーアクセスは除く)1500ページ前後の記事が読まれております。歯医者のHPとすれば突出しているのでしょうが、何せ書いてる内容が内容なもので、あまり自慢にもなりません。医院の宣伝になど、こっから先もなっておりません(笑) その中でブログの固定読者というのが300人位はいるようですが、言ってみれば自分のファンの人に対して何かを書き続けても仕方が無いと思うようになりました。ですので、このフェイスブック上で、そことは違う方たちを相手に思いをぶつけてみたいと思って書いておる次第です。

(僕のフェイスブック友達には、小児の心臓外科では日本有数の医師や阪神タイガースのチームドクター、各有名企業の第一線で活躍している人、そして予防医療に燃えている歯科医師たち、などがいます)

 「問題の本質は何か?」を突き止めるためには、そもそも「本来どういう姿であるべきなのか?」を知っておく必要があります。当然ですね。「どういう姿?」というのは、あるひとつの決まった形があるわけではなく、元来の目的に添っているのか否か、ということです。


 歯科医師会を例にしてみましょう。多くの歯科医師は歯科医師会の存在意義について、歯科医師の親睦団体だとか、歯科医師の権利や生活を守るためだとか、学術団体、だなどと申しております。これは歯科医師会が発足した当時の目的をそのまま引きずっている、真に蒙昧な意見であります。そんなもの時代の趨勢とともに変化して当然なのに。言うまでも無く、現在における歯科医師会は国民の健康を守るために存在します。それが最初に来るべきで、他の事は瑣末なことでしかありません。
 今、歯科医師会の中での話題は周術期の患者さんに歯科がいかに関わるかでしょう。これまた、起こってしまっていることに対してどうしましょう的な、そしてそこに保険点数が眠っているからという、まことに愚かしいことこの上ない発想です。(必要性は認めますよ、もちろん) 保健で良い医療をというのがおかしいのです。なぜなら、そこで言う医療は治療のことだから。予防という概念は皆無。今、多くの心や身体の病気が不誠実極まりない食品もどきによる影響が大きいという現実を見たなら、まずそれに対して働きかけるべきでしょう。そうすりゃ、虫歯も歯周病も(顎関節症は少し違って嚥下の問題です)、医科的な病気も激減しますよ。歯科医師会のごとき大きくも小さくもない団体なら全員の意思統一は比較的図りやすいし、そういう運動したときに誰かが不慮の死を遂げるということも起こりにくいと思いますけどね。


 さて、一般的な話として「どうあるべきか?」を問うならば、元来の目的とは「人が生まれて生きる目的」に他なりません。「幸せとは何か?」でもよいでしょう。それらの理解なくして、医療も農業も芸術もありとあらゆることは存在意義を持ちません。「何のために?」が重要なのです。とりわけ、「生きる目的」を教えない教育なんて漫画でしかありません。詳細はHPに譲りますが、これだけは強調しておきます。それは「あらゆる生命体が本質的に持っている欲求は”進化”なのだ」ということです。進化のためには障害あるいはハードルと呼ばれる困難な壁が立ちはだかり、それをクリアすることによってのみ生命は進化する、これも当たり前のことです。アホな心理学者はそれをストレッサーと呼び、生命の根幹を貶めております。おまけに、ストレスの定義にその派生語であるストレッサーを用いるという馬鹿なことをしておきながら、その馬鹿さに一向に気がつきません。歯科のセミナーでも心療内科医を講師に招きストレスについて講義してもらったりすることがありますが、皆さん笑わせてくれます。だって、ストレスの意味もわからずにそれについて講演している上に、その医師のストレスが透けて丸見えだったりしますからね(笑)


 元来、こういったことは我々のDNAに情報として刻まれているので、わざわざ他人に教えてもらうようなことではないのです。なぜそうなってしまうかというと、親や大人が子供のことを劣った、何も知らない者として扱うからです。大切に接すれば勝手に宇宙の叡智に触れるようになるものを、馬鹿扱いして、つまらない既成概念を詰め込もうとするから、子供たちは叡智と切り離される。そして、受験戦争を戦ってきた人にありがちな、「教わらないことは知らない」人間の一丁あがりです。僕の親もそうでしたが、ではなぜ僕がこんなことを書くのかというと、忘れもしない2006年の6月か7月か8月(忘れとるがな)に頼みもせんのに宇宙的なエネルギーが連日やってきて、僕の第三の目を無理矢理覚醒させられたのです。それ以来、以前のキャラはそのままで、
でもちょっと違う人になってしまったのでした。

2014.5.13