ふたたびの交通事故
先日の祇園についで、今回も京都府亀岡市にて車による事故がありました。
なんとも痛ましい出来事ですが、皆さんもお気づきのように、このような事件事故は不思議なことに連続して起こります。
場所が変わることがほとんどで、今回のように同じ京都で起こるのは珍しいと思います。
その報道の中で(身内を亡くした人に「どんなお気持ちですか?」と聞く方も愚かしいと思いますが)、ご遺族の加害者に対して死をもって償って欲しいという気持ちもわかりますが、孫を亡くした祖父の「事故を憎みます」というのも中々言えることではないですね。
事故ではなく事件の場合、模倣犯というのも考えられます。
しかし、事故は完璧に偶然でしかあり得ないのに続くのです。
これはどうしてでしょう?
もし先般の祇園での、てんかんを持病として持っている男性が起こした事故のことが全く報道されなかったとしたら、今回の亀岡での少年が居眠り運転をして起こした事故は果たして起きていたでしょうか?
国民の皆の意識の中に次々人をはね飛ばす車のイメージが強烈にインプットされ、それが何度も何度もテレビで報道される。
そのことが今回の事故の本当の引き金ではないかと感じます。
もし、こういった事故の再発防止を真剣に考えるのなら、過度な報道は慎むべきであろうと思うのです。
そして、今回の連続した交通事故が真に我々に示すもの。
それは一度起きた事故はまた起きるということで、とりもなおさず大飯原発の再稼働に対する警告に他ならない気がします。
僕はここで原発賛成反対とかを述べているのではありません。
今回の再稼働に向けての手順があまりにも稚拙であるから申しておるのです。
こんなことだとまたしても大惨事が起こりますよ、マジで。
すべての人に癒しのあらんことを。
2012.4.24