ホリスティック(holistic)とはホロン(holon)という言葉から来ており、ホロンとはすなわち全体性といった意味らしいです。

ホリスティックな医療というのは、患者さんの病気だけ診るのではなく、人間としてまるごと診ようというというものです。

身体とこころと魂とか精神性やその人の置かれている社会的立場なども全部ひっくるめて、ですかね。

例えば仕事が忙しいサラリーマンの男性が来られた時に、ある人はこれを機会にきちんと診てもらおうと思うかもしれないし、ある人は応急処置だけで構わないと思うかもしれません。

どちらもその人にとって間違った考えではありませんが、医療者側は身体の事を真剣に考えない人を思慮の浅い人間として見てしまいがちです。

これも間違いではありません。

これはどこで折り合いをつけますかね?

 

きちんと治療したいという男性は問題がないとして、そうでない人に対して相手に合わせてこちらも適当な態度で臨むか(治療の手抜きという意味ではないよ)、あるいは優しく丁寧に自分の身体の事を真剣に考えるように諭すか、もしくは偉そうに説教するか。

どれも間違いではありません(こればっかり、笑)

まあ、非常に難しい問題でして、うちなんかは僕の気分次第です(ハッハッハッ)

 

自院の方針に合わない人は、基本的には来なくて良いというスタンスのところも少なくありません。

患者さんに媚びる必要はないですが、自分のところの方針を何が何でも貫き通すというのも、果たして如何なものかとも思います。

うちなんかは適当・・・・・っていうか、当院に相性的に合わない人は来なくて良いとは思っています。

だって、そんな場合は治療が上手くいきませんもの。

 

さて、通常ホリスティック・デンティストりーと言われるものは、アメリカのパンキーという歯科医が確立した概念のことをさし、全人的歯科医療と訳されます。

日本では川村泰雄先生というのが有名でいらっしゃいます。

どのような患者であれ、歯科医療や治療に対する知識や認識は我々医療者側とは大きく異なります。

これは当然・・・・・であっては困るのでして、本当はもっと学校教育の中で歯科に限らず健康に関する知識を必須科目として教える必要があるでしょうね。

 

しかしながら、患者と歯科医のその間にある歯科治療に対する認識がかけ離れているという現状は厳としてあるわけでして、これでは治療がうまくいくはずがありません。

まずは、お互いに違う認識を持っているということに気づき、認めることが大切です。

すべては良い結果を生むためです。

患者と歯科医ではあるのですが、その前に人と人であるということで、お互いに相手のことを尊重する姿勢が求められます。

そしてなるべくその認識や視点を近づけてきて(相手のことを受け入れる)、何が最善か話し合うのです。

こう考えたら、応急処置だけ望む患者さんを劣った人間のように見下すなんてことは起こりようがありません。

 

良い結果を生むためには、患者の歯科的なIQを上げていく必要があります。

例え忙しくて歯医者に時間もお金もかける余裕などないという患者に対しても、少しでも真剣に考えてもらうような機会を与えることがいるのかもしれません。

 

ホリスティック・デンティストりーについて話していけば際限がなくなりますので、入り口だけにとどめておきます。

 

たま~に当院にもホリスティックな歯医者を探して来られる方がおられますが、僕はDr.パンキーの本を読んだことはありますが、それについて真剣に学んだことはありません。

これには基本的な診療システムというのがあり、それに則って行うのですが、最も大切なのはパンキー・フィロソフィーと呼ばれるように、その概念・哲学であります。

 

当院の診療システムというのは、今までの経験と試行錯誤などから現状があるのですが、これからも微妙に変化していくことでしょう。

ただね、他人が書いた本とかセミナーとかを受けて、治療方法などは参考にするけど、根幹となる診療システムは人真似すると窮屈でやってられなくなるんです、僕の場合。

ですから自分たちを縛るような決めごとがないというのが当院のやり方であります。

 

クレドというのがありまして、信条、理念、誓いてな意味合いですが、毎朝これを朝礼の時に合唱する真面目な医院もあるようです。

そこで絶対に書いてあるのが、”すべては患者様のため、我々のため、チーム(医院)のため”

この〇〇のためというのが曲者です。

特に患者様(お客様、他人様)のためというのは実に嘘臭い。

他人のために尽くすなんてことを真顔で言うやつは信用できません。

僕たちは他人のために生きているのではなく、自分のために生きているのですが、その自分のためというのも時としてどうか?と思うことがあります。

目的というのはあっても良いが、あったらあったで我々を縛ってしまいます。

クレドに書かれていることは、あくまでも結果であって目的ではない気がするのですが、いかがでしょうか?

ていうかね、毎朝そんなことを唱和しなければ成り立たないチームなのなら、スタッフも院長も未熟だってことじゃないの?

話が長くなったので、本日はこのへんで。

明日は自然歯科とワンネス歯科についてでおます。

2012.9.20