日曜、祝日と、大阪で矯正のセミナーを受講するため、連休もへったくれもあったもんじゃありません。

ただ今回のは非常に触発されるところ大なのでして、僕は「なぜ不正咬合が起きるのか?」みたいな大命題に挑むなんてのがたまらなく好きです。

当院で本格的な矯正治療をすることはありませんが、予防的なこと(主に生活指導)をする機会が増えているので、ピンと来て受講している次第です。

そうでなければ、秋の京都開催の連休なんて淀に行って、祇園で飲むに決まってるのね。

そうならないところが、僕のちょっとだけ残ってる歯医者の矜持です(笑)

 

僕は答えそのものを欲しません。

ヒントもいらない。

ただ、あることに刺激されて想像をめぐらして仮説を思いつく、ってのが好きなんでござぁます。

その意味において今回のセミナーは、場所がめんどくさい所にあるという点以外は非常に満足するものであります。

 

皆さん往々にして〇〇のスピリチュアル的な意味は何?って知りたがります。

確かに僕は著書においても、当HPでもそういったことを書いてはいますが、そんなものどうだっていいというのが本当のところです。

よく引き合いに出されるリズ・ブルボーの「自分を愛して」に書かれているように、すべての身体のトラブルの霊的な意味を知ろうという、その姿勢が”?”ということに気がついて欲しいのです。

おまけに、ありゃ西洋人の身体の事を書いているので、日本人はちょっと違うからね。

 

僕はディクシャギバーでありながら、バガヴァンのことをボロクソに言いますし、そっち関係の人と知り合いであるにもかかわらず、言いたいこと言ってます。

自著で病気のスピリチュアル的な意味などを書きながらも、今みたいなことを平然と書いてのけます。

だってね、僕、思うんだけど、自分でそういうこと(スピ的意味合い)が頭にふと浮かぶんならともかく、わざわざ調べるくらいなら、他人のマインド(頭で思考したもの、嘘か本当かわからない)拾ってるだけだって、どうしてわかんないんだろう?

こんなもの占いと一緒で、信じたら占い師と一緒にその未来に行っちまうぜ。

(でも、その時、占い師はきちんと自分の魂をその現場から引くんだけど)

実にバカバカしいです。

単に体験すりゃいいだけの話で、その霊的原因はわからなけりゃほっときなはれ。

 

僕のスピリチュアル的診断というのは、現実的な視診、触診やレントゲン写真を見たり、問診票を見たりして、あくまでも参考としてそういったものを付け加えているだけです。

といっても、その付け足しが案外重要やったりするんやけど。

病気に対して専門的な診断が出来ない人が、スピリチュアル的な意味だけ追うのは全くのナンセンスでして、そういうことする人は(誰の話かなぁ?笑)結局その程度の意識状態だということです。

現実世界と霊的世界をきちんと両方バランス良くおさえる人が、まあ、エエ感じなわけ。

 

さて、昨日の毎日王冠は穴馬として2着に来た12番人気の7番を軸にしていたにもかかわらず(もちろん1着の4番はもってた)、ハズしてしまって忌々しいことこの上ない。

こんなもの、きさらぎ賞4着歴が思いっきり輝いているのは明白なのに、3着馬がくぅ~~~・・・↓

僕は穴馬を根拠もなく買いません。

でも、外れたら偉そうに言えません。

馬連でも万馬券やのに、3連単しか頭にない僕はそこまで気がまわりません。

それがムカつく。

本日の京都大賞典はおそらく堅い決着なのですが、裏的解釈をする人(JRAのイカサマって言う意味ね)でも取り消し馬が出た時の対処の仕方がわからない人が多いのは笑わしてくれます。

それによりレースを統制しているのに。

本来取り消し馬が出なければ来ない馬が来て、来れる馬が歩く。

こういう時にゾロ目(同じ枠が1,2着すること)とか、万馬券が出ますのでして、明日ゾロ目が出るとすれば4枠しかないのですけど(万馬券は考えづらい)・・・・。

僕の買い目は配当安いけど   3連単 4,6-2-4,6  の2点買い。

ローズキングダムはきっととびます。

(知らんよ)

それにしても、凱旋門賞でのオルフェーブルは実に惜しかったですね。

きっと、日本馬はここでは勝たしてもらえないのでしょう。

 

話を戻して、僕が個人セッションの際に書いて頂く問診票に、家系図というのがあります。

別に個人情報じゃないのですが、ご本人にわかっている限りのつながりを書いて頂いて、その方々がどういった病気になっているか、あるいはそれで亡くなっておられるかを一緒に見ていくのです。

そこには連綿と続いた感情の捉われの奔流が・・・・・。

一応、”私”を中心に書いてもらうのですが、これがクライアントがその方の連れ合いだったらそこから”私”が始まるわけで、その方の父親だったらそこから”私”が始まるわけです。

そう考えるとね、本にも書きましたが、みんな辛くって苦しかったのだというのが見えてくるんですね。

(見えなきゃボンクラだ)

自分は父親あるいは母親との心の葛藤に苦しんでいたと思っていたけど、祖父や祖母が家系図に現れ、その病気すなわち捉われていた想いがわかると、結局自分は非常に偏屈になっていたなぁと思うわけです。

縦の流れ、横の流れ、そういったものをずっと眺めていくとわかってくるのは・・・・・

実はですね、そこの家系図に現れているのは、すべて”あなた”なのです。

これが心の底からわかると、結構楽になるよ。

 

普通は、ご先祖様と自分とは(特に同時期に生きていないなら)全く別物だと思うでしょう。

だから江原さんの言うような守護霊とかいう話になるのですが、それって過去のあなたなんだよなぁ。

もちろん未来のあなたもいますが、そんなもの目の前で家系図に書かれた日にゃ、その場を逃げ出しますよ、僕(笑)

ほとんどの人が、過去世というのを直線的なものとして誤解してるんですよね。

世の中こんなもんさ。

特殊な能力ひけらかしてるやつほど、つまらんかったりして。

自分で言っててなんだけど、言霊こそが人を依存させずに目覚めさせるものじゃないかと、本気で思う今日この頃。

2012.10.8