これでこういうこと言うのは最後にしたいと思うのですが、世の中には様々なスピリチュアル系のセッションがあります。

ヒーリング、霊視、タロット、バカラ カバラ、星座、等々挙げ出したらキリがありません。

やっている人の意識レベルもピンキリですが、キリの方が圧倒的に多い。

それをすることにより、自分が少し偉くなった気がしたり、自分の存在価値を見出しそうとたり。

今だったらアセンションの手助けとか・・・・・(笑)

他人とのかかわりの中で自分の価値がどうこうなるものではありません。

 

僕の個人セッションでは到底望むべくもないですが、通常愛だの光だのプレゼンスだのと言ってる人のセッションを受けますと、確かに非常に癒されます。

人生がリセットされた感覚になります。

その感覚は当分続きますが、いずれ元の状態に戻っていきます。

そして再びセッションを受け、「ああ、やっぱり〇〇さんのセッションはいいわぁ」 となるのです、ていうか、そうでしょ?

大切なことは、そのセッションにより、あなたは強くなった感じがするのかどうか、です。

本当の意味で強くなるのは、ただひとつのことが起こっているだけ。

それは内なる自分(ハイヤーセルフ)との繋がりが強くなったのです。

内なる自分という言い方は実は低い次元から見た言い方で、本来なら僕たちが外なる自分なのです。

ともすれば分離しがちになる内外の自分がしっかりと一体化するように手助けしてあげるのが個人セッションの目的であり、方法は何であろうが関係ありません。

 

かく言う僕だって、ハイヤーセルフとの一体化と分離を繰り返している現状ですが、セッションを受けたりはもうしません。

そんなことしなくても、こちらが離れそうになるとハイヤーセルフの方からギュッと手を握ってくれるのです。

それは軽く肩を叩いて気づかせてくれるようなことだったりもします。

一体化の状態に縛りつけられないところがミソなのでして、僕には離れる自由があります。

もちろん真我から自分が本当に離れることなど出来はしませんが、その錯覚に陥ることは可能なのです。

なぜか?

なぜ、ずっと手を握りしめてくれないのか?

 

自分から分離した状態から見えるものがあるのです。

そこでしか体験できないものがあるのです。

ですから、必ずすべては自動的に起こります。

見捨てられたような感覚も

救われたような感覚も

誰にも頼らなくても

ただそうなのだと信じれば

必ず起こるのです。

 

多くのセッションにおいて、術者は依頼者との間に何らかの存在を介在させます。

過去や現在の聖人と呼ばれる人だったり、守護霊(天使)だったり、経典だったり、宇宙のエネルギーだったり、プレゼンス(神、あるいは内なる神)だったり。

このようにして依頼者は、自分自身の神聖さや偉大さ、無限に大きく、実は自分がそれ(神)なのだ、という大切な、本当に大切な事実から遠ざけられてしまうのです。

これまではそれでも良かったのかもしれませんし、またそうあるべきだったのかもしれません。

しかし、人類の進化の過程はもはや核心に気づくところまで来ているのです。

 

お年寄りが孫に智慧を授ける場合、それは孫の中で宝物となり、やがてその宝物を自分で発見するようになるでしょう。

自分の中にね。

お祖父さんやお祖母さんは、孫にとって特別な存在ではなく、ごく身近にいて、でも温かくて優しくて、親のようにガミガミ注意せずに見守ってくれている、そしてどこか自分はこの人たちの血を引いているのだという感覚。

聖者や聖人や教祖などとは全く別物です。

 

あなたが すべてです

あなたが存在するものの すべてなのです

自分とともにいてください

そして信じてください

自分があるということを

さすれば すべてはつながり

自動的に進んでいきます

2012.10.11