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子育てと教育

まず親が認識しておかなければならないことは、本質的に子供というのは自分が何をしに生まれてきたのかを知っているということです。

あくまで潜在意識のレベルですが。

ですから、親が子供のためにするべきことは自由に自分を表現する場を提供してあげることにより、自分が何をしに来たのか思い出す手伝いをしてあげることです。

今、世間を見渡してみますと、ほとんどの親が自分にとって好都合な“良い子”を作り出そうとしています。

自分が親として世間から認められたい、その一語に尽きますね。

ペンギンの親子

子供にまかせてみる

教育というのは例えて言うなら植物にとって最低限必要な水と土壌を提供してあげることにより自ら育つのを待つという行為です。

あとは、本人が必要と思えば教えてもらうのではなく学ぶというふうに変化しなければなりません。

知りたいと思うから学ぼうと思うし、学ぶことが楽しいのです。

読み書きくらいは最低限、強制的にでも教える必要はあるでしょうが、それ以外のことは本人に思い切って任せてみる勇気が現在大人の方に求められています。

既成概念を脱ぎ捨てる

本当に子供のためを思うのなら今までの既成概念は脱ぎ捨てなければなりません。

すべては子供が将来生き生きと人生を楽しむためにあるということです。

日本はここ数十年ずっと学歴偏重の社会でした。そしてその傾向はいまだに変わりません。

でも過去の教育の結果が今の社会を作っているわけです。

ここでは多少きついことを書きますが、文系であれば有名進学校に入って東大に入学し、国家上級試験に合格して官僚になるのが最高の出世街道なわけです。

理系では同じく京大や慶應の医学部に入って医者になるのがきっと一番すごいのでしょう。

でもね、今の日本の現状を見てごらんなさい。

医療の現実を見てごらんなさい。

確かに物質的な面では非常に進歩しているでしょう。

たった10年前と比べても大変便利な世の中になっています。

そして、医療技術も進化しています。

でも日本人は今、はたしてどれだけの人が幸せでしょうか?

要するに、根本的なところで何かが間違っていたのです。

別に責任者を探す必要はないのですが、そのことをまず認める必要があります。

こども自身がわかっていること

もう一度言います。

あなたのお子さんは何をしに生まれてきたのか、きちんとわかっています。

そこを信じてあげてください。

変な枠で子供を囲わないで下さい。

できないって決めつけないでください。

自由に羽ばたける空間を作ってあげれば、子供は時が来れば必ず行くべき方向に飛んでいきます。

他人と比べる必要は全くありません。

社会に取り残されるんじゃないかと心配する必要も全くありません。

いいですか、人間はお金を稼ぐために生まれてきたのではありません。

人よりすぐれて人に認められるために生まれてきたのでもありません。

人間はこの世界で自由に飛び回るために、そして色んな景色を見るために生まれてきたのです。

どこをどう飛ぶかは本人次第!!

 

あなたが信じなくて誰があなたのお子さんを信じますか?

逆に言うなら、お子さんはあなた以外の誰に信じてもらえるのでしょう?

絶対に大丈夫!!!

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12歳の決断~ある親子の物語~

それは今年の3月の初旬のことです。

その月に小学校を卒業し地元の中学に進学予定だった” I ちゃん”がこのお話の主人公です。

Iちゃん12歳

彼女は将来、自給自足の生活をしたいと考えていました。

ついこの間まではそのまま中学に行くつもりで同級生の友達と入学前に一緒に物品を取りに行く約束までしていたのです。

ところが、I ちゃんはどうせ将来自給自足生活をするのであれば、中学校での勉強は時間の無駄ではないかと思いだしたのです。

そこで彼女は母親に相談しました。

自分のビジョンを話し、どこか自給自足生活を実地に学べるところを知らないかと聞いたのです。

もちろん母親はそんなところを知るはずもないので、普段から子供たちをキャンプに連れて行ってくれたりして面倒をみてくれている知り合いの男性に電話して聞いてみるように I ちゃんに言いました。

するとなんとその男性の答えは・・・「知ってる。あそこだったら信頼して大丈夫というところがある」というものでした。

自給自足生活を実地に学べる場所

そこは北陸にあるのですが、その男性の紹介ということでまずは体験宿泊をすることにしました。

出発前に I ちゃんは母親に聞きました。

わたしが中学に行かなければ、お父さんとお母さんは恥ずかしい思いをするか、それと将来わたしが就職しようと思った時に何かそのことで不利を受けるか、というものです。

母親は「お母さんもお父さんもあなたが選んだことで恥ずかしい思いをすることはないし、就職についてはその相手の人によるけれども、あなたを取り囲むような人はきっとそのようなことはないと思う」と答えたそうです。

理想の場所を見つけた!

さて、その結果どうなったでしょうか?

I ちゃんは「わたしの理想の場所を見つけた」とのことで予定の二泊三日が過ぎても帰ってこず、そのままそこに滞在し続けました。

そのコミュニティーは60代の男性一人、女性は40代から60代が四人の計五人が共同生活をしているのですが、カフェを併設していたりゲストハウスがあったりするものの、基本的に自分たちの生活が第一であり、たまに外部の人も短期間受け入れることもあるという程度のもので、別に教育機関でも何でもないのです。

 

もう3月も下旬になっており中学の入学式も間近にせまっているので、とにかく早く白黒つけなければなりません。

最終の土曜日に I ちゃんの両親はそのコミュニティーまで車を走らせました。

高速で約三時間半かかり着いた時には夜の九時をまわっていました。

まだ雪が残っているので薪ストーブがたかれているカフェで向こうの方々との話し合いとなったのですが、話しによると I ちゃんはすごく一生懸命にやったみたいで、大人がやっていることを横でじっと観察してはいろいろ質問したり、手伝いでも次に何をすればいいのかを聞いたりと、とにかく今時の子にしてはめずらしく積極的な姿勢だったそうです。

そこの人たちが今までに接した多くの若者がいわゆる不登校だったり、ひきこもりだったりという、どちらかというと社会にうまく適応できない人が多かったため、逆の意味でこの子の親の顔が見たいと思ったほどだったそうです。

その後

ただ、12歳の子を預かるとなるとさすがに責任も生じますし、そこの近くにある学校に通いながら週末の休みだけそこで農作業などを手伝うというのではどうか、という提案でした。

その学校というのはいわゆるシュタイナー教育のようなものを行っており、基本的に寮生活をするところです。

その提案に対して父親は次のように述べました。

「僕は娘のことを全面的に信頼しているので、彼女の選択をできるだけ応援してあげたいと考えています。彼女がそこの学校で学びたいというのであればかまいませんが、今彼女は自給自足を学びたいという明確なビジョンを持っているようですので、果たしてどうかという気がします。教育というのは子供が自分の人生を創造するのを手助けをするのが目的であるならば、こちらで預かって頂けるのならそれが最善だと思います」

・・・その時点でもう夜も遅かったので両親はお風呂を頂いて(当然、五右衛門風呂)ゲストハウスで休みました。

ちなみに母親はすきま風のため、父親は早朝3時半に鳴きだしたチャボの声のためにあまり寝つけなかったみたいで、チャボはその後ウトウトしだした父親の夢の中にまで出てきて、枕元で卵を産みまくって睡眠の邪魔をしつづけたそうです(笑)。

本人の意思確認

さて翌日、朝食後にもう一度両親は I ちゃんと話し合い本人の意思を再確認したのち、本人の口から代表の男性にそこでお世話になりたいのでお願いできませんか? と伝えさせたところ、なんと「わかりました。やってみましょう」という返事だったのです。

そこの代表の男性の学生時代はちょうど大学紛争の真っ最中で、あの時、嫌が応にも思い知らされたのは反体制というのは何ものも生まなかったということです。

そこへいわゆる不登校児ではなく普通の子の親が、今の教育制度に反対してとかでもなく、ただ娘が選択したことを応援したいということでやって来ている。

「いっちょう、やったろか」という気になったのかもしれません。

 

ちろん義務教育ですからどこかの中学に籍をおかなければなりません。

それから色々とやっかいな問題がでてきましたが、さまざまな大人の協力と理解のもと、無事ちゃんと籍も得ることができ I ちゃんは毎日本当に生き生きと暮らしているそうです。

 

ところで、あなたはこの話をお聞きになってどのように思われますか?

その両親によると周りの反応は様々だそうです。

・すごい羨ましいし、わたしもそこを見学したい

・よくそんなことを許したね?

・親としてよく決断をしたね

・一体、子供の将来をどう考えてるの?あまりにも無責任じゃない? etc.

 

その両親に話を聞くと彼らは何かを決断したわけでもないし、まして子供の選択を許す許さないって何を言ってるのかが理解できないそうです。

シャングリラからの伝言をよく理解されている方にはお分かりだと思いますが、これら他の親たちの反応の根底にあるものはすべて世間の常識とされるもの、自分たちの親から刷り込まれたもの、です。

つまりそう反応することによって、自らの内にある人生の選択の規範が崩れるのを防いでいるわけです。

自己防御ですね。

 

この話は別に大人に対する訓話ではありません。

子供の自由な選択を尊重しようという話などではないのです。

実は話には続きがあって、そこまで聞かないと本当のところなどわかりっこないのですよ。

娘のことを心から愛していたことに気づいた

I ちゃんを預かってもらうことが決まったその日の午後、母親は泣きながら I ちゃんを抱きしめました。

父親は「十分楽しんでくれ!」と言って彼女の肩をたたきました。

そして帰路についたのですが、帰りの高速で車を運転しながら父親は次のようなことを思い起こしていました・・・

~ああ、あの時、夏休みの高原プールであいつが「おとうさ~ん!このヒモ引っぱって~!」と浮き輪につかまりながら叫んだ時、もっともっと引っぱってあげればよかった。

あの花見の時の公園で遊具のタイヤに乗って「おとうさ~ん、押してぇ~」と頼まれた時、もっともっと子供たちが飽きるまで押してあげればよかった。

・・・もう二度と戻らない I ちゃんとの子供の時の親子の時間を考えると、涙が次から次へ出てきて止まらなかったそうです。

切なくって、哀しくって、愛おしくって、その時~初めて彼は娘のことを心から愛していたことに気づいたのです。

奥さんの方はもうずっと泣きっぱなしでした。

 

この父親は後から次のように話してくれました。

彼は彼の両親が年いってからの子供なので、小さい時に今の親がするように親と遊んだことがなかったそうです。

もちろん、全然かまってもらえなかったというわけではありませんが、一緒に公園で遊んだりした記憶はないらしいのです。

だから彼自身が父親になっても、なぜかしら子供と遊ぶということが面倒くさくてうまくできなかったらしいのですね。

 

上の話をある側面からみると、この家庭に問題があり I ちゃんはそこを飛び出したともとれなくはありません。

でも父親は違う見方をします。

彼は子供が親を助けるために生まれてきていることを理解している人です。

彼によると、I ちゃんは表面的には気付いていなくても彼女の魂は当初の目的である親を助けるということが完了したことを知った。

そこで、もうわたしが付いていなくてもこの親たちは大丈夫だと思い、今度はもう一つの彼女の人生の目的である、自分が自由に生きることによって他の子供たちの心を解放していく、そちらの道を歩みだしたのだと。

そして前半戦の総仕上げとして自分の両親に、あなたたちは本当はちゃんと人を愛する気持ちを持っているんだ、そこに気がついてね、というメッセージを残したのです。

父親も母親も心の奥底に自分たちは人を愛することができない人間なのではないかという思いを沈めていました。

実はね、I ちゃんはね、本当は天使だったのです。

さあ、あなたはこの話を聞いてどう思われますか?

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生まれてきてくれてありがとう~わたしを目覚めさせたもの~

このメッセージは今まで大切にしまってあったものです。

僕の最終兵器といってもいいでしょう。

「こどもの心」では色々と偉そうなことを書いていますが、「じゃあいったいお前のところの子育てはどうなんだ?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

それについてここではご説明します。

わたしを目覚めさせたもの

おそらく自営業という名のつくものを営んでいる人は多かれ少なかれそうじゃないかと思うのですが、結婚して最初に生まれてくる子供は男の子であって欲しいと心のどこかで考えています。

僕の場合、別に歯科医院を継いでくれとは思わないですが、それに大学院時代に嫌というほど動物実験をしましたので、とにかく無事で生まれてくれればそれでいい、とはいうものの、言われてみれば確かに心のどこかに男の子であってくれという願いはあったと思うのです。

そして案の定というか、最初に生まれてきたのは女の子でした。

生まれてみれば我が子ですから確かに可愛いわけです。

でも彼女はとにかくよく泣きました。

外食しても、どこかに泊まりに行ってもとにかくよく泣いたのです。

よく泣く理由

なぜ泣いたのか、理由は二つあります。

ひとつは、彼女を妊娠していた時、つまり結婚して間もない頃や彼女が生まれてからも、とにかく僕はよく妻を叱っていました。

今思えば男らしさを勘違いしていたのですが、すぐ手をあげるし人間性を否定するようなことまで言っていたと思います。

そして妻はとにかく僕に怒られないように、ビクビクしていました。

妻は広島出身ですから、いきなり大阪に嫁いできて周りに知人が誰もいない中での夫のそういった態度はいくら好きで結婚したといっても、さぞつらかったでしょう。

このような場合、子供は両親が別れるのではないか、自分の前からいなくなるのではないかと不安になり夜泣きをしたりしやすくなります。

長い間待って、ようやく会えたのに・・・。

 

よく泣く理由のふたつ目は、僕がとにかく行儀にうるさかったからです。

外で食事をしたりする時に、周りの人に迷惑をかけてはいけない、という観念が強かったのでとにかく良い子でいるようにさせることが最重要課題でした。

そして行儀のよい子の父親であることで、「やっぱり西塔さんところの子供は違うわ。躾がいきとどいてますね」と世間に認めてもらいたかったのです。

今考えれば、僕が行儀や躾にこだわったのには、僕の母親の影響が強かった気がします。

自分の分身が、愛せない父親

長女は名前をといいます。

僕たち夫婦が新婚旅行で泊まった信州の蓼科にある旅館の名前からいただきました。

藍が成長するにつれ可愛いさよりは、親の言うとおり出来ずに泣いてしまう彼女のことが段々嫌いになっていきました。

そして彼女が時折見せる人としての弱点のようなもの、意気地無しなところだったり、つい人の顔色を窺ったりするところなどが、自分が持っている自分の大嫌いなところそっくりで、腹が立つのです。

いつの間にか自分で自分の子供が、そして裏を返せば自分の分身が、愛せない父親になっていました。

次女誕生

そのうち次女のふうが生まれました。

またしても女の子だったわけですが、一風変わったその平仮名の名前は、漫画の「美味しんぼ」に出てくる喫茶店の名前からきています。

この子は生まれた時からとにかく頑固でした。怒られてもひるみませんでした。

怒られても目線をそらさず、僕の目をじっと見ながらまるで僕が親のエゴで怒っているのを見透かすようにするのです。

実はこの子が妻のお腹にいる時に僕はある事から人生で最大のピンチを迎えていました。

いまだにあの頃流行っていたモーニング娘の「ラブマシーン」を聞くと当時の独特の気分がよみがえってきます。

自分が何者か?存在する価値があるのか等、自分の根底がブレまくっていた時でした。

それで次女が生まれて来た日が平成11年11月1日です。

親が自分の位置(1)は何かを問われているんですよ、これ。

長男誕生

次に生まれたのは男の子でした。

妻は広島の病院で出産するので、男の子誕生の報を受けた僕はその夜一人で祝杯をあげに、奈良の行きつけの寿司屋さんにおじゃましました。

カウンターに座ってしばらくすると大将が「ハイ、お祝いっ!」と言って焼酎をおごってくれたのですが、そのグラスを受け取った瞬間、ずっと抑えていたものが抑えきれなくなって涙が次から次へとあふれてきました。

やはり僕は男の子が生まれるのを心のどこかで楽しみにしていたのです。

 

さて長男が生まれても僕の子供たちに接する態度は変わりません。

何事につけ口やかましく叱っていました。

そんなふうですから、子供たちは何かちょっと脱線したことを言ったり、したりした時に必ず僕の視線を気にするようになりました。

僕がそのことで烈火のごとく怒りだせば、首根っこをつかまれて押入れやトイレに閉じ込められるからです。

泣いてる我が子を引きずっていても、その頃はそれが躾だと思っていました。

 

僕は父と母が年取ってからの子供です。

母は後妻で西塔家に入りましたので、僕は兄や姉とも年齢がすごく離れていました。

小さい頃、友達やいとこ達と遊ぶことはありましたが、親兄弟に遊んでもらった記憶はほとんどありません。

まったく無いわけではないのですが、すごく少なかったと思います。

ですから、いざ自分に子供が出来ても僕は子供たちと遊ぶのが楽しくありませんでした。

正直言ってダルイのです。

だから休みの日などは僕は僕自身のことに時間を使っていました。

 

最後に生まれた長男のことは「子供の体質を決めるもの」の項でも書いています。

父親との接する時間が短かった僕は、自分も自分の息子に対してうまく父親として接することができませんでした。

そして息子はそんな僕にあまりなつかず妻にベッタリ甘えています。

長女は何かと言えばお父さんと一緒に〇〇すると言いますが、そんな長女が僕はその頃うっとうしかったのです。

最もひどかったのは、京都の公園で遊んでいた時に次女が見当たらなくなったので、長女に「お父さんとお母さんが探してくるから、お前はここを絶対に動かないように 」と言いつけて探した結果、次女は見つかったものの今度は長女がその場所を動いていてまた探すハメになったのです。

しばらく探していると、ある女性が泣いている長女を連れて来て下さいました。

その後僕は、言いつけを守らなかったことにブチ切れて「もう帰ろう」と車に乗り込み、後部座席にいる長女にボロクソに言ったのです。

「お前みたいなやつは、いまだかつて西塔家にはおらんかった!そんなやつはウチの子やない!」

・・・僕、このことだけはいつか娘に土下座して謝ろうと思ってるんですけど、ひどいですよね。

だって、彼女の生い立ちを考えてみてください。

自分は一人ぼっちになるんじゃないかと不安になって、言われたことなんてどこかに飛んでいきますよ、そりゃ。

長女は帰りの車の中で魂が抜けたように茫然とした顔をしていました。

泣くどころの話じゃなかったのです。

 

ここまで読まれていかがですか?

このホームページや著書を読まれて、もしかして僕のことを素晴らしい人だとか、悟ってるとか勘違いなさっている方がおられるかもしれません。

メッセージ自体はまぎれもない、そして一分の揺るぎもない本物です。

でも僕はあくまでもメッセンジャーであって、ただ単に皆さんに伝える役目を果たしているだけです。

その頃の実態は上に書いたとおりです。

ヒドイもんでしょ。

さあ、ここから話は佳境に入ってまいります。

長い話ですがもう少しお付き合いください。

成18年の2月2日

そんなすべてが手探りだった家庭の中で今から4年前の平成18年の2月2日に僕は44歳の誕生日を迎えました。

そしてその誕生日を迎えてからというもの、今まで感じたことがないような違和感をおぼえました。

2月2日で44歳というゾロ目が何か変な感じがしたのです。

アホな僕は「2とか4で数字が揃たら、少し前のパチンコなら持ち玉交換やな」とか思ってたんですが・・・。

そして月は明けて3月になり長女が8歳、次女が6歳、長男が4歳のある日のことです。

子供たちが三人並んで小冊子のようなものを渡してくれたのです。

まったく何の脈絡もありませんでした。

前後に何かイベントがあったわけではないのです。(画像をクリックすれば拡大されます)

 

めざめ  めざめ2

 

めざめ3   めざめ4.jpg

 

めざめ5.jpg めざめ6

 

これはショックでした。

頭を丸太で殴られたような感覚でした。

だって、読まれた通り僕は全然子供たちにやさしくありません。

それどころか、暴力とまではいきませんが、言うことを聞かない時には頭を叩いたり、押仕入れに閉じ込めたりしていたのです。

また言葉の上では暴力を振るっていたでしょう。

でも、でも僕の子供たちはこんな僕たち夫婦に「パパ、ママ、やさしい」「大好きだよ」と言ってくれたのです。

僕の妻だって、言うこと聞かない子供たちにキーキー怒ってたんですね。

「パパ、ママ、やさしい」「大好きだよ」

この言葉がすべてでした。

今、僕がこうしてあるのは本当に子供たちのおかげなのです。

ディクシャで目覚めたんじゃありません。

何かの本で気づいたのでもありません。

誰かの講演が本当の自分に立ち帰らせてくれたわけでもないのです。

すべて、愛を知らない鏡を演じてくれた子供たちのおかげです。

このことがあってから、いろんなことが変わっていきました。

様々な出会いやシンクロニシティがありました。

そして、今があります。

僕が「こどもの心」で偉そうに書いているのは、すべてこういったことが背景としてあるからです。

 

この小冊子は僕たち夫婦の宝物です。

もし自宅が火事になったら、真っ先にこの小冊子を持ちだすでしょう。

なぜなら、これは僕たちだけではなく、すべての親たちへのメッセージだと思うからです。

もうこれ以上誰の子供も傷ついて欲しくありません。

同じ過ちは人類全体として、しないようにできるはずでしょう。

自分の子供も、よその子供も関係ないじゃないですか。

みんな大切な未来を担う子供たちです。

この話の続き、「西塔家のその後」は近々、院長ブログ「カッパのサンポ」で公開予定。

 

わたしの子供たちへ

 

わたしの子供たちよ

こんなお父さんとお母さんの元に生まれてきてくれて 本当にありがとう

僕たち こんなに未熟なのに 選んでくれてありがとう

あなたたちが教えてくれた愛を いや、皆本当は愛を知っているんだということを

お父さんは自分なりに伝えていきたいと思います

お母さんはまた、違うやり方をするでしょう

あなたたちが携えてきたメッセージを 僕たちは確かに受け取りました

これからはお互いに本来の道で頑張りましょう

あなたたちは子供はもっと自由でいいということを 教えてあげてください

大人の強制から子供たちを解放してあげてください

僕たちは大人たち自身が捉われているものから 自らを解放できるように努力します

ありがとう   本当にありがとう

あなたたちが 親から真の愛情を注いでもらうべき時に

僕たちが未熟なために それができなかったことを 心から申し訳なく思います

だからこそ 次の世代には そうじゃない世界を作れるように

お互いに頑張りましょう

あなたたちは 僕たち夫婦の心からの誇りです

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