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病気にならない方法

そんなもの簡単です。

医者や病院に行かなければいいのです。

あ、ちょっと怒らないでくださいね、僕は決してふざけてるわけじゃないんです。

つまりね、体調がすぐれない状態がある、でも医者に行くから病名つけられて病気だとレッテル貼られるわけです。

日本では医者は(歯医者も)原則として病名をつけないと保険診療が認められません。

保険診療というのは病気に対して適応される

保険診療というのは病気に対して適応されるので、美容整形や歯の矯正治療などは保険がきかないのです。(稀に歯科では”無病”という病名?をつけることがあります)

 

「そんなことしていて手遅れになったらどうするんだ。第一それでは治りようがないじゃないか」

・・・ごもっともなのですが、現在日本では西洋医学が主流ですね。

医者に行かなければいい、というのも西洋医学の医者のことをさしています。

西洋医学というのは急性症状には非常に有効で、一刻を争う時に漢方薬を飲むなんてことはばかげています。

ところが、慢性症状に対しては西洋医学では通常薬漬けにするのです。

これはすなわち西洋医学においては慢性疾患に対して根本的な解決法を持っていないということを自ら証明しているようなものなのです。

じゃあ慢性病に対しては東洋医学なのかというと、そういった東洋、西洋と二分化して考えること自体に無理があって、ヒーリングなどその他の手技療法も含めて統合医療を目指すのが本来の姿でしょう。

どのような療法を選ぶかには慎重である必要がある

何か体調がおかしければ医者に行くのは全然かまわないと思います。

最新の機器で検査をして三次元的に肉体に何が起きているかを知ることは無駄ではありません。

ただその次の選択、つまりどのような療法を選ぶかというのに関しては慎重である必要があります。

薬については別に書きますが、本当の急性期を除いては薬は決して飲むべきではありません。

考えてもごらんなさい。

もし医者が薬を処方できなかったとしたら、彼らは患者に何を施せますか?

答えは何もできない、なんですよ。

大学ではこの症状でこの検査結果ならこの病気を疑う、そしてそれに対応した薬を飲まして、それで症状が改善するならその診断は間違っていなかったことになる、というめちゃくちゃなことを教えるわけです。

というより、それしか教えてもらっていません。

医学部で教えることは人体を非常に限られた視点からみたことだけなのです。

だから医者が偉いとか、言うことを聞くべきとかなどとは思わないことです。

僕に言わせれば医者くらい頭の悪いやつはこの世にいないんじゃないか、となるんですがね。

もちろんそうじゃない人もたくさんいますし、あなたが医者なら不快にさせたことに対して謝ります。

でも医療全体を眺めてみれば僕の言うことは決しておかしくないとわかるはずです。

あなたねえ、10年以上にわたって患者に毎月一か月分の血圧の薬を出してる医者が賢いと思いますか?

そんなの医療でも何でもないでしょう!

病気や飲んでる薬の話が話題にあがる

たまに大学の同級生達と会うと、そのうち病気や飲んでる薬の話になるのです。

皆自分のことをしゃべるわけですが、そのうち「西塔、お前はどこも具合悪いところないんか?」と聞かれるわけです。

「”病気”というのは概念やから、俺にはその概念がないので病気になりようがないんや」と説明しても誰も理解してくれません。

痛風の同級生がいたとします(ていうか、いるんですけど)。

痛風というのはよく言われるように贅沢病なのですが、もう少しわかりやすく言うと食べ物に対する感謝の念が足りないことを示しています。

一緒に食事をしていてそれとなく観察していると明らかにその通りなんですが(もう笑っちゃうくらい)、本人はそのことに全然気付いていないのですね。

それで毎日薬を飲んでいるわけです。

いったいこれは何なんでしょう?

痛風は玄米菜食で改善しますが、それはプリン体がどうのこうのという話ではなく、玄米菜食をすると自然に食べ物やそれを作ってくれている人に対して感謝するようになるからなんですね。

 

病気というのはその9割が肉体の誤った使い方(感情の捉われもふくめて)に起因します。

そのことを差し置いて治療も薬もないもんだ、と思います。

それでも確かに体調を崩す時があるのですが、そんな時のために神様は様々な症状に対応した薬草などを用意してくれていて、またそれの使い方も知恵として授けて伝承されており、日本では”おばあちゃんの知恵”と呼ばれます。

以上のことを踏まえて再度申し上げます。

医者に行くから病気になるんですよ!!

ちなみにもう少し真面目な記事はコチラ

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解説

皆さん、昨日の「家族の幸せ」はいかがでしたか?

実はこれ、一昨日の僕の夢なんです。

朝起きた時に「なんじゃ、今の!なんでこんな夢見るねん!」と思ったのですが(だってどこにも僕自身は登場しないのですから)、何で見るかというとそりゃブログに書けということだろうと気を取り直し、適当に肉付けして短編小説風にしました。

ですから、夢を見るまではこんな話のカケラも頭の中になかったのです。

実際に夢で見たのは最初の幸子が和也を駅で探し回るシーンだけで、あとはすべて僕の創作です。

 

皆さんは単に読み物として捉えられているかもしれませんが、これが大部分の家族の実態です。

人は往々にして物事の表面だけをとらえて、「うちの家族とは違う」とか思われるのですが、それが大間違いなのであります。

この話の本質は何かというと、家族がそれぞれに自分の本当に叫びたいくらいの想いを心にしまいこんでいるということです。

そしてそれこそが日本中すべての家庭がぎこちない理由に他なりません。

究極のアンチエイジング」でも述べましたが、唯一家族だけが感情を相手に対してぶつけていいのです。

それでも仲直りするのが家族なのですよ。

 

父、正雄は家族みんなに非常に気を遣い、優しい父親を演じますが、彼自身の感情は全くこの話からは読み取れません。

父親とはそうあるべきだと考えているんでしょうか?

幸子は感の良い人はお分かりだと思いますが、明らかに小さい頃から親に無条件に愛されるという体験が不足しています。

それゆえ、いつも相手の愛情をつなぎとめておくために、自分が相手に気に入られるようにしなければいけないと頑張ってきました。

そして、実の息子の和也にありったけの愛情(もどき)を注ぎ、それにより傷ついた自分のインナーチャイルドを癒そうとしています。

ところが彼女にとっては息子の裏切りともとれる行為に~単に息子が決められた時間に帰るのが嫌だっただけなのですが~突然その緊張の糸が切れ、残念なことに心を病んでしまいます。

紗江子も和也も根は非常に優しい子供たちです。

でも胸にわき起こるいろんな感情をそのまま出せばお父さんやお母さんが悲しむと思って、すべて押し殺してきました。

その結果、自分の本当の気持ちと、自分が頭でこうしなければいけないと考えることと、また自分が思わずとってしまっている行動とがすべて首尾一貫しないことに悩みます。

自分は悪い子供じゃないかと考えてしまうのです。

どうでしょう、皆さんの家庭と比べてみられて。

 

僕たちはね、正雄が言うように結婚して子供が出来たら自然に家庭というのは出来上がるんだと考えていました。

そして、経済的に安定して皆が仲良く健康ならば幸せな家庭が築けるんだ、と決めつけていました。

どうやら違ったみたいですね。

いろんな本が出ているけれど、夫婦はどうあるべきか?子供にどう接すれば良いのか?そもそも幸せな家庭とは何か?父親学、母親学、そして子供学、僕の見たところ、どこにも正しいことは書かれていません。

また学校でも教えてくれません、こんな大事なことを。

ということは誰もそういったことを知らないということです。

だからね、皆さんが悩むのは当然なのですよ。

落ち込む必要一切ナシ!!

それでね、正雄と紗江子の最後の会話をみてください。

確かに幸子の病気は大きな問題だけれども、家族というのはいつだってやり直せるのです。

今日からでも、明日からでも、もっとじっくり構えて10年後だってかまわないのです。

その中で、家族の各人がそれぞれの体験をしていきますが、それとともに家族全員でひとつの大きな体験をするのです。

だって、家族なんですから。

 

あなたの家庭の未来に幸多きことを心からお祈り申し上げます。

 

追記   名前と生年月日に隠された秘密はご覧になりましたか?

昨日の話でもきちんとそのあたりのことを考えた上で、各登場人物に名前をつけてありますよ。

2010.9.16

究極のアンチエイジング

まず認識しておくべき重要なことは、アンチ〇〇というのをやっている限りあなたは〇〇に捉われ続ける、ということです。

抗加齢ということは加齢することに抗うということです。

これはこの世界の非常に基本的な原則なのですが、あなたがあるものから逃げようとするとそれは永久にあなたを追い続ける、そしてあるものに抵抗すると相手は益々強大になる、というものです。

ですからアンチエイジングというのをやっている以上は、年をとることに対する抵抗感や恐怖心があるわけですから、それはあなたをどこまでも追いかけてきて結局あなたは加齢していくということです。

テレビや講演でわけ知り顔で喋っている人たちは何を考えてるんでしょうね。

肉体的には年齢に応じた生理的状態でいること

正しくは「肉体的には年齢に応じた生理的状態でいること」、ではないでしょうか。

そして精神的にいつまでも若々しくあるためには、これはもう心のあり方です。

それについては他の項でも間接的な答えを書いているので本項では省略します。

ここでは肉体面に限ってお話をしますが、その際にやはりアンチエイジングという言葉を使った方が現在のところわかりやすいと思うので、あまり正しくはないんだけれど甘んじて使いましょう。。

既成概念を捨てる

まず年をとると皺が増えるとか足腰が弱るとかいう既成概念を捨ててください。

加齢すると確かに若い時とは体の状態が変わっていきますが、それはあくまでも年齢に応じた変化であって、衰えていっているわけではないのです。

このことをまず確認しておいて欲しいと思います。

もし近くの物が見えづらくなったのなら、あなたは今近視眼的なものの見方ではなく、より大局的なものの見方をするように体が変化してきたということです。

これは詭弁ではありません、本当にそうなのです。

新聞や本が読みにくい?もうそんな他人が書いた情報など必要ないということですよ。

 

ほとんどの人がうまくいけば平均年齢のおよそ80歳を過ぎた位で病気か老衰かで死ぬだろうと考えていることでしょう。

でも僕は違います。

馬鹿にされるかもしれませんが、今回の生では最低でも150年、長ければ200才まで生きるつもりなのですが、それはそうしないと今回のミッションが完了しないと思うからであります。

そして僕は平均寿命などというものは全く頭の中にありません。

何となくその年齢で死ぬ老人を見ているから、自分もそうなると思って確かにその通りになる。

それを見ている子供や孫たちもやはり同じような道をたどる。

これが連綿と続いているだけであります。

人は本来そんな短い寿命ではありはしないのです。

でも仮に僕が明日何らかの理由で死ぬとするならば、それはそれでかまいません。

本当に死ぬかどうかは、実際に死んでから僕の核心部分が今回の生に満足したかどうかで決まるので、今、表在意識の僕がどうのこうの言えないのですが、一応今生では三次元の形をとりながらこの世界の真実の姿を垣間見ることができたし、数々のメッセージを通じて多少なりとも誰かの役に立ったであろうと思うからです。

そして僕が生まれてきた本当の理由、それに関しては十分に体験したし現在も体験中なんですね。

生命が永遠であることを理解している人間にとっては、肉体的な死というのは新たなる旅立ちであり祝福されるべきもの以外の何物でもありません。

年齢相応の状態でいるにはどうしたらいい?

では肉体的なアンチエイジング、というか年齢相応の状態でいるにはどうしたらいいのでしょうか?

そもそも生理的状態から逸脱する原因は何でしょうか?

これは「病気にならない方法」でも述べていますように、間違った肉体の使い方にあります。

体にとって望ましくないものを摂取しているのなら、それらを止めるべきでしょう。

過度に体を動かすスポーツではなく、適度な運動も必要です。

また非常に大切なのに、ないがしろにされていることに呼吸法があります。

現代人は口呼吸をする人がすごく多くて、それが直接間接に体に害をなしている(免疫力は極端に落ちる)にもかかわらず、そのことが認識されていません。

ヨガなどの健康法で呼吸法を無視したものなど存在しないのです。

正しい鼻呼吸かつ腹式呼吸が見直されることが今本当に必要だと思います。

 

さあ、いよいよ核心です。

そして最も本質的なもの、それは感情のとらわれに他なりません。

体の各器官は霊的次元では感情の濾過装置として働きます。

人は本来あらゆる感情を味わうために生まれてきました。

でも我々は子供の時から怒ってはいけない、泣くのはみっともない、笑うのははしたない、などと感情を表すのを禁じられてきました。

その結果、抑圧してきた感情に対応する器官の濾過機能がマヒしてしまって体のバランスを崩す、というのが肉体が生理的状態でない最大の理由です。

究極のアンチエイジングのために必要なもの、それはまず今まで抑圧してきた感情のヘドロをきれいにクリーニングしてあげること、そしてそれからはあらゆる感情をそのまま味わい表現すること、これに尽きます。

溜まった感情のクリーニング

溜まった感情のクリーニングには、そういったセミナーを受けられるのが最も手っ取り早いと思うのですが、ここでは自分で出来る方法をお教えします。

まずは静かに横になれるような場所を確保してください。

そしてこれから自分の内面深く入っていきますので、決して不安にならないように自分が最も信頼する人、神様でも仏様でも死んだお祖母ちゃんでもなんでもかまいませんから、その人に「今から自分を深く見つめていくので守って下さい」、とお願いしてください。

これは非常に大事なことで、お願いした瞬間、あなたは宇宙と明確につながり以降のステップがよりスムーズに進みます。

では始めてみましょう。

 

・今のあなたの状態を見つめてください。

人間関係、仕事は順調ですか?

どのような悩みがありますか?

ただ見つめるだけで結構です。

 

・一年前のあなたはどうだったでしょうか?

3年前、5年前は?

 

・子供が生まれた時、どうでしたか?

嬉しかったですか?

ご主人が側にいなくて不安でしたか?

 

・結婚する時、ご両親は喜んでくれました?

それとも寂しそうでしたか?

 

・社会人一年生の時、張り切りましたよね。

会社でみんなに認められましたか?

 

・大学受験の時、お父さんがそっと渡してくれたお守り、今でも大切にしていますか?

 

・高校の時の文化祭、好きな人と一緒に劇をするのでドキドキしましたよね。

あんな甘酸っぱい思いはあの時だけだったかもしれません。

 

・中学に入っていきなり勉強が難しくなり、ついていけなくて、おまけに友達もできなくて本当に寂しかった。

誰もそんなあなたの気持をわかってあげられませんでした。

 

・小学校の入学式、桜の花の下で大きなランドセルを背負ったあなたは、お父さん、お母さんにはさまれて少し照れくさそうに写真に写っています。

 

・やっとつかまり立ちができたあなたを見に、お父さんが仕事を放り出して駆けつけてきました。

お父さんは嬉しくって、せっかく歩き出したあなたを抱きかかえてしまい、お母さんに叱られていますetc….

 

このようにあなたの人生で起こった様々な出来事、その時の感情をもう一度再体験するのです。

細かく細かくみていくと、案外人生の節目の出来事より、何てことのない小さな出来事の方が心の奥底でひっかっかっていたりするものです。

あの時、お母さんはわたしより妹の方をかばった、とか、お父さん出張の帰りにわたしにだけお土産をくれなかった、などです。

その時の感情をもう一度味わってください。

あ、でも今度はその感情から逃げてはダメですよ。

そんな気持ちを抱いちゃダメなんだ、子供は親のことをそういうふうに思っちゃダメなんだ、などと考える必要はありません。

だから、その時の何とも言えない寂しい気持ち、自分だけ置いて行かれたような気持と、そこにとどまって下さい。

そして十分味わったら次のシーンへと移動しましょう。

この時に相手の気持ちを考える必要はありませんが、もしそれが自然とやってくるようなら一緒にそれも味わってください。あなたには必要なことしか起こりません。

 

このように皆さんは生まれてからの色んな感情を十分体験することなく、その切れ端を人生のあちこちに置いてきてしまっているのです。

だからもう一度それを拾ってあげましょう。

あなたが本当に癒される方法はそれしかありません。

そして理想的には、その時の怒りや悲しみを思いっきり表現する方が望ましいです。

もし誰にも見られないし聞かれない場所があるなら、是非そこで思いっきり叫んで怒って泣きじゃくればいいのです。

あなたが男性であっても同じことですよ。

でも、それができなくても感情の再体験だけで十分効果がありますのでご安心ください。

すべての再体験が終わったら、一緒に見守ってくれた存在にお礼を言ってくださいね。

 

著書の方では「感情は自分が味わうためのものであって、これを相手にぶつけると当然新たな問題を引き起こします」と書いてあります。

「相手はあなたにその感情を味わえるように協力してくれているのであって、文句を言うのは筋違いである」としています。

確かにその通りなのですが、唯一感情をぶつけてもよい相手がいるのです。

それがね、実は家族なんですよ。

小さな兄弟を見ていると、エゴのぶつかり合いですぐにケンカするけれども、知らない間に仲直りしてますよね。

本来家族というのはそういうものなんです。

 

さあ、体から感情のヘドロが全部クリーニングされました。

そして今あなたは人はあらゆる感情を楽しむために生まれてきたということを知りました。

もう、大丈夫ですよね。

ある女性歯科医がアンチエイジングのために顔の表情筋のストレッチを推奨されています。

ある意味、当っているんですが、やっていることは要するに作り笑いをしてください、といことです。

そうではなくて、腹が立ったら怒る、悲しければ男だろうが大人だろうが思いっきり泣く、面白ければ腹を抱えて笑う、そうしておけばあなたは永遠に年齢相応の健康な生理的状態にあること請け負います。

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