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宇宙人は本当にいるのか?

(正解)いる。
宇宙人

あなた、そんなのいるに決まってるじゃないですか。

我々地球の人間だって宇宙人・・・そんな陳腐なことは言いません。

どこかで書きましたが、三次元世界にいる人間には三次元世界のものしか見えないのです。

それより高い次元の存在はどこにいるかというと、我々と同じ時空間に存在しますが、向こうからこちらは見えてもこちらから向こうの姿は見えません。

エネルギーの振動数が違うので見えないのです。

人間には可視光とか可聴域とかありますよね。

高次の存在は光のように高い振動数で振動しているので、我々の目には見えないしその音も聞こえません。

我々が感知できるような状態では通常存在しないのですが、時々意図的にその振動数を落とし我々が見えるような状態で現れることもあります。

同じ時空間に存在すると書きましたが、高い次元では時間と空間というのが三次元世界とは異なります。

わかりにくいと思いますが、そりゃ仕方ありません。

 

宇宙船(UFO)が時折にしか目撃されないのはそのせいなのですが、現在目撃されるUFOはそのほとんどが純粋な宇宙船ではなく、NASAが秘密裏に開発しているものだという話もあり、実際それに乗ったことのある人もいらっしゃるそうです。

目撃情報多発地帯というあたりに地下基地があるという噂です。

またフリーエネルギーというのは実はすでに開発されていて、今はいかにそれを世界の権力者の手中に収めておき一般に普及させないかというところに注意が払われています。

そうでないと世界の経済的価値観がひっくり返って、石油メジャーが用をなさなくなるからですね。

 

話を戻しましょう。

宇宙人の中には我々に近い次元のものもいるのですが、だいたいはその知性は我々よりはるかに発達しています。

どのような姿をしているかというと、人間そっくりのものもあれば、映画に出てきたような形のもの、鉱物のようなもの、様々です。

宇宙人について考える時、それが存在する次元とそれらの文化度は分けないといけません。

三次元の存在でも地球人より知性の劣るものもあれば高いものもある、ということです。

そして、我々の目に見えるような形の宇宙人は少なくともこの太陽系には存在しません。

高次元の存在はいますが三次元に近い知的生命体は太陽系の惑星に住んでいないのです。

映画って完全なフィクション?

皆さん、映画って完全なフィクションだと思ってらっしゃるでしょうが、それは違います。

これは「神との対話」という本でも書かれているのですが、SF映画の多くは神様が脚本家にインスピレーションを与えて書かしていることが多いのです。

だから案外本当のことだったりするのですね。

未知との遭遇、スタートレック、スターウォーズ、コクーン、マトリックス等々・・・すべてそうなんです。

もちろん人間用に脚色されていますので必ずしも正確ではありませんが。

 

また現在、地球人として生きている宇宙人もいます。

別になりすまして地球侵略を計画しているとかじゃないのでご安心ください。

それだけのことができる宇宙人なら、その気がありゃとっくの昔に侵略してますって。

要するに地球という星、人間という生物を長年にわたり観察して今後どうしていくのかを、そう、地球に人類の種を蒔いた人たちに報告しているんですね。

にわかには信じ難いでしょうが、まあ最後まで読んでください。

「この星の守り手たち」にも書かれているように、純粋な地球人なんだけれど宇宙人としての過去世を身にまとって生きている人もいます。

あ、あなたの周りにもきっと宇宙人にさらわれて色々調べられた後に解放された、という人がいるんじゃないですか。

そういう人たちは通常頭がおかしいと思われるのが嫌なので、あまりそのことについて話さないみたいです。(私のごく信頼できる知り合いにもそういう人たちはいます)

 

さて、2012年には我々は宇宙人と未知との遭遇をするんでしょうか?

でもさっきも言いましたが、もうすでに遭遇しているのかもしれないのですよ。

最近は流れないですが、少し前テレビで缶コーヒーのCMに出ていたあの人、ほらそのCMの内容も今ここで書いたようなことじゃなかったでしたっけ?

あの人絶対、宇宙人ですよ。

みんな、見てるのに見てないんだよなあ、これが。

え?おまえが頭おかしいんじゃないかって?

う~ん、ビミョ~ (笑)

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ディクシャって何?

ディクシャについて本ホームページではほとんど詳しく説明してきませんでしたが、それについて書かれている他のホームページを検索してみると、私の見たところどれもあまり一般向けではありませんでした。

ディクシャについて知っている人が読むとわかるが、知らない人が読んでもわかりにくいというのが多いのです。

私が覚醒していく過程で大きな役割はを果たしているディクシャについて、もうそろそろ書くべき時が来たのかもしれません。

 

ディクシャ(正式には我々がやっているディクシャはワンネスディクシャといいます)はかつてシャクティパットと呼ばれ、インドやチベットにいるマスターがただ一人の弟子だけに悟りを授ける儀式でした。

それが長い間途絶えていたのですが、インドのカルキバガヴァンという人がワンネスムーヴメントを推進していく中で人々を覚醒させる手段として復活させたのです。

このエネルギーの本体は宇宙からやってきますが、その強力な中継点かつ地球におけるディクシャの責任者としてバガヴァンが存在しています。

ですからワンネスディクシャのエネルギーはバガヴァンを通してしか流れないようになっているそうです。

ただバガヴァンが直接世界中の人にディクシャをするわけにはいかないし、彼のエネルギーは強すぎるので、彼の教えを理解しセミナーを受けた人がディクシャギバー(ディクシャインストラクターともいう)と呼ばれ、それらの人々が世界各地で周りの人々にディクシャをしていくということになっています。

今、日本には1000人を超えるディクシャギバーがいて、その数はどんどん増えていっています。

この間なんか、歯学部の同級生が知らないうちにギバーになっていてビックリしました。

数年前まではインドのワンネスユニバーシティというところに21日間の覚醒のコースを受けに行かなければディクシャギバーにはなれなかったのですが、事態がさしせまってきたため(2012年問題のこと)、現在ではもっと気軽に国内で2泊3日のセミナーを受講すればギバーになれるようになりました。

様々なインストラクターが自分なりのセミナーを開催していますので一度お近くのインストラクターを訪ねてみられたらいかがでしょう。

 

インストラクターのレベルは様々ですので皆さんの直観に従って、心地が良いと思われる人とお付き合いなさることをお勧めします。

エネルギーが強い人が必ずしも良いインストラクターではないということだけは強調しておきます。

もう少し詳しくお話しすると、往々にしてインストラクターがワンネスのため、皆を幸せにするためという大義名分のもと、結局はそうしている自分に惚れてしまうというかディクシャがインストラクターの自己実現のための道具になってしまうことがあるのです。

これをインストラクターのエゴといいますが、ディクシャに限らずスピリチュアルセミナーを開いている人でそういう人は決して少なくありません。

私のお勧めはjoyヒーリングの会主催の中西研二さんのセミナーです。

なぜここをお勧めするかというと、このセミナーは非常に個性的かつ素敵な人たちが集まり、笑いと涙の中で進んでいくので「みんな違ってていいんだ、でもみんなが本当はつながっていて、結局はひとつなんだ。そう、わたしは一人ぼっちじゃなかった」ということを実感できるからです。このことが腑に落ちるとね、あなたね、号泣しますよ。

だからオタッキーに一人で精神性を追求する人には向いていません。

 

ディクシャのやり方には大まかに言って2通りあって、1つは相手の頭の上に両手を載せてエネルギーを直接送るやり方(ハンズオンディクシャ)、もう1つは相手に触れずに意識の中でディクシャをするやり方(スマラナディクシャ)です。

ディクシャを受ける人が大人数の場合一人一人にハンズオンしてもよいのですが時間がかかるので、意識によりディクシャを行うことが多いです。

どちらがエネルギーが強いとかいうことはありません。

ハンズオンの場合およそ20秒位エネルギーを流した後、しばらく仰向けになって休んでもらいエネルギーが全身に浸透していくのを待ちます。

それが約15分から20分くらいなのですが、その間に人によれば様々な体験をすることがあります。

自分が生まれてくる時のことを思い出したり、過去世を思い出したりすることもあります。

すべてその時点でのその人に必要なことしか起こりません。

ですから何の体験もないことだってあるのです。

ディクシャを受けても何も変わらないという場合、エネルギーの通り道が詰まっていることも考えられます。

過度な肉食をしていたり、喫煙、飲酒(人のこと言えない)、運動不足などがあるとディクシャのエネルギーは通りにくいと言われています。

またディクシャの効果は多くのことを勉強して頭に詰め込んできた人ほど出にくく、逆にあまりものを考えず感覚だけで生きているような人の方が出やすい、それこそ一回のディクシャで悟っちゃったということが起こったりします。

 

さて、ディクシャの作用とはいったい何でしょう?

そのエネルギーは脳に直接働きかけ、ある部分を活性化し、またある部分の活動を抑制するのですが、もう少しわかりやすい例で説明します。

ミカンを食べる時のことを考えてみてください。普通はただ何となくミカンの皮をむいて、口に入れ甘いか甘くないかで美味しいかどうかを判断するといったところでしょう。

極端に言うとミカンを味わうというよりは、それが美味しいかどうかを判断するために食べるという行為をしているといっても過言ではありません。

もう今までに何度も何度も体験していることだから、あなたの心が少しでも動くとしたらそのミカンがよほど美味しかった時くらいですよね。

そのミカンを食べるのは初めてであるにもかかわらず、過去の体験をなぞるような行為しかしないわけです。

ミカンを食べるというのはこんなものだという感じで食べているわけです。

実はこのことこそ人生をつまらない、感動の少ないものにしている原因なのですよ。

ディクシャを受けるとミカンを食べるという行為が変わります。

そのミカンのきれいなオレンジ色、その肌触り、そして皮をむいた時の指の感触とたちのぼる匂い、口に入れた時の感触と歯を立てて汁があふれだした時の感覚、そしてそれらを咀嚼し飲み込む時の感じ、これらをひとつひとつ独立した真新しい体験として味わうようになります。

過去をなぞるのではなく、今新たにそれを体験しているのだという感動があなたを包むようになります。

だって、ミカンを何万個食べようがどれ一つとっても同じミカンなんてないし、食べるという体験も本来同じではありえないので、すべてが新鮮であるべきなのです。

ところが人間の脳は過去の経験を記憶として蓄積し、それを今体験中のものに重ねてしまうので感動が薄れてしまうのです。

 

これはちょうど赤ちゃんのようなものです。

赤ちゃんは同じことをずーっとやっていても飽きませんよね。

まだ記憶が蓄積されていないので、ひとつひとつの体験が新鮮だからです。

既成概念もないから自分の周りは好奇心を奮い立たすものばかりです。

ティッシュペーパーを次々引っぱりだすのが悪いことでしょうか?

手にしたものを今度は唇や舌でその感覚を味わうのがいけないことでしょうか?

心と体が欲するままにそれを満たしてやる。

それこそが生きるということではないですか?

言っときますが、大人がこの言葉を誤解して取るとややっこしいので注意してくださいね。

そういう意味ではないです。

 

このようにディクシャというのは、あなたを既成概念(マインド)から解放するように働きます。

これは人類がずっと蓄積してきた定型的な記憶からの解放といってもいいでしょう。

既成概念から解放されたあなたには世間は違って見えるはずです。

自分自身も自分以外の人間も今までとは違って見えるでしょう。

その時あなたはもう一人の自分、いや本当の自分かな?を発見するでしょう。

あなたは実はずっと守られてきたことを、そしてみんなから本当は愛されてきたことに気づくはずです。

あなたはこの世界の大元と直接つながり、必要な情報はそこから直接受け取るようになります。もうこんなホームページ読まなくてもよくなります。

私がずっと言ってきた「真理はあなたのすべての細胞に刻み込まれていますよ」ということの意味がおわかりになるでしょう。

それこそが「シャングリラからの伝言」が目標とするところなのです。

そう、皆が「シャングリラからの伝言」を必要としなくなる時こそ、TEAM KAPPAが報われる時ですね。

そんなこと信じても信じなくてもいいんです。

害はないもんだから、一度試してみたらどうですか?

随分長くなったので私自身についてのディクシャ体験は別途報告します。

 

追記: どうも、自分でディクシャをやっていながら、ディクシャについての説明をこのページにリンクして済ませている方が何人かおられるようです。

普通に考えてあり得ません、そんなこと。

ディクシャのようにクライアントの精神活動に影響を及ぼすような行為に対する説明を自分で出来ないのなら、ディクシャなどやるべきではないでしょう。

日本に7人居るワンネスメディテーターのホームページにリンクを張るなら、まだわかりますが、僕はただのディクシャギバーであり、それも現在はディクシャ活動をしていませんし、ディクシャに価値を見出しておりません。

今僕はそのような次元にいないのです。

そのようなことを常識的に感じないなら、その人は信用するに足りないと申し上げておきます。

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