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名前と生年月日に隠された秘密

皆さんは知っていましたか?

名前というのが実はその人が生まれてきた目的を表していることを。

そしてその名前は実は生まれてくる赤ちゃん自身が自分でつけてくることを。

さらに人は誕生日や生まれてくる時間まで決めてくることを。

名前=その人が生まれてきた目的を表している

名前の場合、その使われている漢字そのものの意味であることもあるのですが、読み方としての音霊(おとだま)のこともあって大変に複雑な、それこそ一生をかけて研究するに足る話です。

ここでは最もわかりやすい例でお話ししましょう。

”愛”という名前があったとします。

この名前には二通りの意味があって、ひとつはその子がまさしく愛そのものであり、人に愛を振りまき教えるという目的を持っている場合ですが、これは非常に稀なのです。

多くの場合、その子は不足の中で愛を体験しようとします。

つまり、両親ともに愛にあふれ家庭が幸せで満ちていると、愛が何か、幸せが何かということがわからないのです。

自分の色が白だとして、この世界すべてが白だったら自分の白色がわからないようなもので、愛を体験するためには愛でないものの中に自らを置かないといけないのですね(本当はこの世界で愛でないものなどどこにも存在しませんが)。

よく子供の名前に愛をいう字をつけるとその子は幸薄い人生を送る、と言われたりするのはこういう理由によります。

そして子育てを通して親は自分が愛に溢れていないということを嫌というほど見せつけられるので、だんだん自分の子供に腹が立ってくるとともに深い自己嫌悪に陥ります。

子供は親の鏡であるとはこういうことなのですね。

 

また子供は通常両親が達成できなかったワンネスへの道を引き継ぐようになっています。

その道は多種多様にありますので、そのどれかの道に則した名前が両親についており、両親のやろうとしていたことを統合するような名前がつきます。

名前は誰がつける?

名前は親が(名付け親であっても)つけるものと思いますよね。

でもね、それは違うんです。

生まれてくる前の、あるいは生まれてきた後の赤ちゃんの魂が親の意識に対してインスピレーションという形でアクセスし、わたしは今回こういう目的を持って生まれてくるので、この名前を付けてくださいとお願いするというのが実態です。

ですから、あなたが自分の生まれてきた目的を知りたいと思うのなら、今の自分の置かれている現状と今まで通ってきた人生を自分の名前に照らし合わせて考察してみるというのもひとつの方法です。

どこの国でも名前に意味があるのですが、どうもここまで深い意図が込められているのは日本人だけのような気がします。

やはり日本は言霊の国ですねえ。

いったいいつの頃からこのように名前に特殊な意図がはいるようになったのかは不明ですが、少なくとも昭和の時代からは完全にそうなっているようです。 (戒名についてのお話はコチラにあります)

 

さて、生年月日というのも自分が決めてきます。

人は生まれてくる前に天国で自分が歩むであろう人生を一通り見せられて納得づくで生まれてきます。

その際人生の中である年齢に達した時に、自分の人生が大きく動き出すように設定するのです。

あるタイミングで人生の転機となるような出来事(それはほんの些細なことかもしれませんし生死に関わるようなことかもしれません)に出会い、 原則としてワンネスに目覚めるように進んでいきます。数字にも数霊(かずたま)というのがあり、それぞれに意味があって毎日毎日が地球上の誰かにとっては特別な日であるのです。

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戒名と掛けまして・・・

ハイ、ととのいましたぁ!

戒名と掛けまして、売れ行き好調なスピーカーと解きます。

その心は、”どちらもボーズ(BOSE)丸儲け”・・・失礼いたしました。

 

昨日私は散髪に行ってきました。

私が行く散髪屋さんは、私が髪の毛少ないにもかかわらず頼みもせんのに染めようとするんです。

染料を塗ってしばらくサランラップを巻かれて、頭上で大っきなまん丸のヒーターみたいなやつがグルグル回ってるんです。

とてもじゃないけど、自分の姿を目の前の鏡で見れません。

その間、私は他のお客さんに見られても死んだふりしてます。

その後地肌についたやつを拭き取るのですが、それの方が時間がかかるんです。

問題はそこまでやってもスタッフはおろか家族も誰一人気づいてくれないんです~(泣)。

吉野川.jpg

気を取り直して本日は墓参りでした。

西塔家の墓は奈良県五條市の吉野川沿いにあります。

2時間くらいで掃除とお参りが終わるとその後は子供たちと川遊びです(写真)。

お昼は栄山寺近くの”よしの川”さんで天然鮎の塩焼きと柿の葉寿司に舌鼓み、はいいんだけどノンアルコールビールはゲロマズ(><)

そこで戒名のお話です。

戒名というのは聞いた話によると、そもそも鎌倉時代の下級武士たちがせめて死んだ後にはあの世でりっぱな位をもらいたいと思い、お坊さんにお願いしてつけてもらったところから始まったそうです。

真偽の程はわかりませんが、少なくとも戒名がなければあの世で迷うなどということは金輪際ございません。

戒名に立派も安物もこれまたありません。

あくまでもお坊さんが商売上、勝手につけたものです。

(念のために言っておきますと、私の母方の親戚はほとんど浄土真宗のお寺です。叔父なんかは西本願寺の総長までやってました)

名前と生年月日に隠された秘密のところで述べましたように現世での名前(いわゆる俗名)というのには、あなたが今回の人生で体験したい内容が込められています。

俗名などという呼び方などやめてくれ、と言いたいほど実は精妙につけられた名前なのです。

それでね、あなたが死にますよね。

その時には確かに全体のエネルギーと溶け合うのですが、なお一部分であるという感覚は残ります。

あくまでも一部という感覚であり自分という感覚ではありません。

その時の全体の一部であるところのあなたには、きちんと呼び名があります。

そう、死んだって名前はあるのですよ。

というより、その名前であるところのあなたというエネルギー体が今回は〇〇(あなたの今の名前)として日本にやって来た、ということなのであります

ですからね、まあ好き好きですからいいんですけど、戒名にン百万も払うというのは誠に馬鹿げた話であります。

そんなお寺の檀家なんかやめなはれ!

本質を外しとる!!

自分が死んでからの戒名にまでお金残しとくんならね、生きてる時にもっと歯の治療費や予防にお金かけなさい。

あるいは困っている人に寄付しなさい。

いや、本当の話。

2010.8.13

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