小児の治療

小児歯科の大きな目的は健全な永久歯列の獲得にあります。

永久歯がきれいな状態で正しい位置に生えてきて、上下の正しい噛み合わせが達成されること。

乳歯の虫歯治療は、痛みを除き機能回復をするという目的だけではありません。

乳歯がきちんとした形を保って、正しい位置にいてくれないと、後から生えてくる永久歯の位置が全部狂ってくるのです。

顎の中に眠っている永久歯は、上にいる乳歯の位置を頼りに生えてくるのですね。

むしろ乳歯の虫歯治療の目的はそちらにあると言っても過言ではありません。

 

せっかく永久歯が正しい位置に生えてきても、すぐに虫歯になるような口の中の環境であれば、やはり歯並びや噛み合わせが悪くなってきます。

だから乳歯の時に、きちんとした食生活や食事指導、歯ブラシ指導などをするのです。

乳歯が虫歯になっても、どうせ後から永久歯が生えてくるから治療しなくても良い、などとは決して思わないでくださいね。

そういうことですと、結局お子さんが大きくなってから困ることになるし、お金も時間も余計にかかるのです。

子供の時に気をつけるべきこと

生活習慣上、世間で言われるような常識はここでは省略します。

その上での注意点をいくつか述べておきます。

・呼吸法について

まず最も大切なことは、鼻呼吸の確立です。

今は鼻で呼吸が出来なくて、口呼吸をしている人が非常に多い。

これは万病の元です。

歯並びも悪くなるし、何よりも空気中の不純物(細菌、ウイルス、塵、花粉等)が口を常に開いていると直接喉に行くので、咽頭周囲の免疫系が破壊されます。

鼻の通りが悪くなりアレルギー疾患にもかかり易い、風邪もひきやすいし、免疫力が低下するので様々な病気を引き起こします。

集中力も低下するので、成績も低迷しやすくなります。

たかが呼吸なのですが、これを改善するだけで世の中のどれだけの病気がなくなることでしょう。

 

こうなっている原因の一つに離乳食を与えるのが早すぎる というのがあります。

母乳を吸うのはすごく力が要りますが、それにより赤ちゃんは口の周りの筋肉を鍛えるとともに、胎児の時の鰓呼吸(口呼吸)から鼻呼吸へと移行していくのです。

それがいつの頃からか誤った育児法が横行し、離乳食が早ければ早いほど良いみたいになってしまいました。

(これについては「オッパイだより」にも書いてあります)

赤ちゃんが飲まなくなるまで、出来る限り母乳を続けるのが良いのですよ。

 

もう一つの原因として食事中のおしゃべりがあります。

家族の団欒という観点からはマイナスなような気もしますが、食べながら喋る癖がつくとこれも口呼吸を誘発します。

少なくとも口の中に食べ物がある時は口をしっかり閉じて、真っ直ぐな姿勢あるいはややうつむき加減でよく噛んで食べる。

これがものすごく大切。

あくまでも食事の習慣をきつんとつける幼少期において、それが強調されるべきであるということです。

現実問題は色々難しい面もあるでしょうが、その結果重度のアトピーとかになって悩むよりはきちんとした食習慣をつける方がよくないですか?

今にして思うのですが、乳児の授乳と幼児から小児の時の食事というのは、その後の一生を左右する鼻呼吸の確立のためにあるのではないか、ということです。

・姿勢と舌位

考えてみれば僕が子供の時は低い食卓の周りに座布団を敷いて正座して食事していました。(大人は胡坐)

正座は脚にとってかなり負担となるのでそういう意味では良いとは思いませんが、少なくとも姿勢は良くなります。

子供が小さい間はどうしたってお母さんの方が気になりますから、お母さんは大変でしょうが子供の食事中は前に座ってあげるのが理想的でしょう。

テレビを見ながらの食事なんて論外、とにかく食べながらキョロキョロしないことが大事なのです。

これらをやってしまうと、そういう歪みを身体の関節や筋肉に抱えたまま成長してしまい、後からは修正が効かないのです。

椅子に座って食事する場合、きちんと足が地に(足板でも良い)ついていることが重要

足が宙に浮いている状態だと、背中は猫背になり顔を上方かつ前方に突き出したような姿勢になります。

この姿勢だとどうしても口呼吸になってしまい、また奥歯でしっかり噛むということができません。

これも見逃されやすくかつ、大切なことがらです。

そのために机や椅子の高さ、足の踏み台の調整などを工夫してみましょう。

僕は幼児期の食事の姿勢がすべてじゃないかと考えています。

足をブラブラさせるような状態が多いのではないでしょうか?

歯並びが悪くなる大きな原因に口の中における舌の位置があります。

本来、安静時には舌の先1/3くらいは上顎の前歯の裏側の歯ぐきに接しているものなのです。

それが口の中で低い位置、つまり舌が平行になって舌先が下の前歯の裏側あたりにきている子供が非常に多い。

顎の骨の中で歯の位置というのは、表側から頬の筋肉と口唇の筋肉による圧力、そして裏側から舌の圧力、この二つのバランスによって決まります。

だからこそ、口を閉じてよく噛むことにより表側の筋肉を鍛え、舌を誤った位置に誘導しないようにしなければいけません。

(口を開いて食べると舌は低い位置をとりやすくなります)

普段の姿勢も舌の位置に関係します。

猫背になると舌は前方かつ下方に位置しやすくなるのです。

 

もうひとつ歯並びが悪くなる原因、それは離乳食の後、自分で食べるようになったときに多くの場合スプーンか先割れスプーンなどを使うと思いますが、その際にお皿やお茶碗を口元に持って行くことなく、お皿に口を近づけて食べてしまいがちなことです。

姿勢は猫背になり、その結果上で述べたように歯並びが悪くなります。

背中に一本筋が通ったようなスッとした姿勢で、左手にお茶碗、右手にお箸というふうには中々いかないのでしょう。

もちろん1歳から2歳くらいで、そんな姿勢をとるのは無理でしょうから、こちらの言うことが理解できて実行できるようになれば早期に是正する必要があります。

外国ではどうなんでしょうね?

もしかしたら畳や床に座るのと椅子に座るのが混在する文化と、イスやソファに座るしかない文化とはその姿勢に対する影響が違うのかもしれません。

乳歯の虫歯治療について

ここではあくまでも当院における考え方を記します。

時に2歳や3歳の幼いお子さんが来られることがあります。

あるいは6歳くらいでも歯医者さんが(知らない人が)恐いというお子さんもいます。

僕はその子達に出来るだけストレスを与えないように治療をしたいと考えています。

泣いて嫌がる子(今は随分少なくなりましたが)を無理にきちんと治療するよりは、その子がもう数年経った時に普通に治療が受けられるようになる下準備であれば良いと思っています。

ですから場合によっては、ごまかしのような治療をすることもあります。

もちろんすべて保護者に対する説明と理解の上で進めます。

 

たとえば大きくはないが小さくもない虫歯があるとしましょう。

そのお子さんが歯医者さんに来るのは初めて。

様子を見て、全く問題がないようなら普通に治療しますが、麻酔などは使いません。

麻酔というのはある程度歯医者さんに慣れてから、ある程度の年齢になってからじゃないと当院ではやりません。

 

虫歯を削る器械を嫌がって口の中に入れさせてくれない子の場合で、手用器具(ミラーとかピンセットなど)は大丈夫な場合、スプーンエキスカベーターと呼ばれる小さな耳かきのようなもので虫歯を取り、樹脂をつめていきます。

切削器具が使えないわけですから、多く詰め過ぎたりしないように気をつけます。

でないと後で調整ができませんから。

 

それもダメな子の場合、虫歯をほとんどとらずに樹脂を詰めます。

中には空気をかけて乾燥するのも嫌がる子もいるので、そういう場合は綿球にサホライドと呼ばれるフッ化物を塗布します。

とにかく治療台に上がって、頑張って何かが出来たという実績を作ってあげるように心がけます。

 

口すら開けない子、治療台にも上がらない子、この場合は家庭における親子関係に問題があるか、すでに歯科治療に対するマイナスのイメージの刷り込みが行われているので、如何ともしようがありません。

痛ければご飯が食べられない。

でも自分が治療を拒否したのだから仕方がない。

これを本人に経験してもらうしかありません。

これを無理に押さえつけて治療したりはしません。

そんなことやらない方が良いに決まっていますから。

 

ところが、子供の虫歯というのは一時的な痛みが治まればすぐに神経が死んでしまって本人に自覚症状がなくなるのです。

だから痛みを訴える子というのは、多くは他の歯がきれいで少し虫歯になったからわかるのであって、虫歯だらけになってしまうと痛みなど感じないのです。

こうなるとネグレクトの疑いになってきますが。

あるいは子供が嫌がることはやめておいてあげよう(無理に歯医者にかからせなくても良いという意味)という、間違った親心の結果という場合もあります。

何にせよ子供の虫歯の向こうに見えるのは親子関係以外の何ものでもないということです。

 

子供の場合、小さなむし歯であれば徹底除去します。

ある程度大きくなり、麻酔なしでは痛みを感じると判断すれば、痛みなく取れる範囲でしか除去しません。

こういったことが可能なのは、次の理由によります。

虫歯を削った穴に樹脂を詰める場合、樹脂と歯を接着するための接着剤を間に塗布します。

今はその接着剤の中に抗菌物質が入っているものがあるため、多少虫歯を取り残してもほとんど問題が起こらないのです。

そうであるなら、虫歯の全部除去にこだわって子供に痛みを与えるよりは、少しくらい残してもおだやかな治療をする方を優先したいと考えています。

ちなみにこの抗菌プライマーが入った接着剤は、現在、大阪大学歯学部歯科理工学講座教授の僕の同級生の今里聡先生が開発されたもので、非常に重宝している材料です。

 

ただし虫歯をある程度残すわけですから、いくら抗菌剤入りの接着剤を使うとはいえ万全ではありません。

もしかしたら虫歯が進行して神経が死んでしまうかもしれないし、詰めた樹脂が数カ月で取れることだってあります。

永久歯の場合は極力神経を残すように努力しますが、乳歯の場合は神経が死んくれたらあとは痛みなく治療できるというメリットもあります。

詰めた樹脂が取れても、その度に詰め直せば良いわけで、きちんとした治療にこだわって子供にトラウマ残すよりは僕は子供にとって優しい治療が良いと考えます。

何度も申し上げますが、起こりうる可能性はすべて保護者に説明して了解の上で治療を進めます。

 

このようなスタンスで治療していると、あれだけ泣いていた子が2,3年すれば治療に対して非常に協力的になり、平気で麻酔だって打たしてくれるようになるものです。(麻酔で子供に泣かれることはほとんどありません)

繰り返しますが、小児の治療の大きな目的は健全な永久歯列の獲得です。

そのために最初からきちんと正確な治療にトライするのもひとつの方法でしょうが、子供の成長を待ちながらその時出来る最大限の治療をするというのも悪くはないと思うのです。