本日は、去年の11月にあった当院のスタッフトラブルについてお話します。

ワンネス歯科でもそういうことがあるのです。

それに対する僕の対応は皆さんにとっても参考になることと思います。

 

歯科衛生士の村上さんが受付の工藤さんとの間で仕事のやり方についてうまく連携がとれないということで、ある日の昼休み僕に一杯一杯になって訴えてきました。

昨年にも同様のことがあり、なだめすかして一年間様子を見てきたのですが、また同じことが起こったのです。

そりゃ原因が解決していないんだから当然と言えば当然です。

 

僕から見れば、確かに工藤さんにも問題があるが、村上さんにも問題がある。

そしてそれが当院のスタッフなのならば、当然僕にも問題があるのです。

細かいことは書けませんが、村上さんは今までにも本質的に同様の問題を抱えて、当院で働くまでに何軒かの歯科医院を転々としているのです。

本質的な問題とは、院長と合わない、他のスタッフと合わない、仕事内容が合わない、という理由をつけているけれど、本当はそう捉える自分がいる、つまり全部自分の内面の問題なのだ、ということです。

だから例え当院を辞めて他の医院に勤めたところで、また同じことが起こります。

これは以前にも村上さんには話してあります。

 

さてこうした場合、悪者探しをするのは良くありません。

悪者を探し出して、それを正す、あるいは排除するというのは誤ったやり方です。

なぜかというと、問題はこちら側にもあるからです。

だから裁いた側にもいずれ同じ状況が訪れるのです。

 

僕はまず二人別々に話を聞きました。

正直言って「ああ、鬱陶しい」という思いはあります。

「なんでワンネス歯科で人間関係のトラブルやねん!これやったら何をやってるこっちゃわからへんがな」と思います。

でも院長として何とかうまく対応しなければなりません。

 

歯科医院にとって衛生士というのはかけがえのない存在ですから、村上さんに辞めてもらっては困るわけです。

もちろんそういう医院としての事情、院長としての都合も大切ですが、やはりそれよりも村上さんの幸せを優先させるという気持ちがなければなりません。

何が彼女にとって幸せなのか?

だからなるべく村上さんが辞めないようにという意図を持って話をするのは、かえって良くないし逆効果でしょうね。

 

僕が彼女たち二人に最初に言った言葉は「今起こっているスタッフの人間関係の問題を僕は何とかきれいごとで解決したいなどとは思っていない。僕はただすべての調和をとりたいのだ」

仮に村上さんか工藤さんのどちらかが辞めることになったとしても、彼女たちが問題の本質を理解して調和がとれた状態で辞めて欲しいのです。

そうでないと皆に同じ問題がまたやってくるのは目に見えているから。

 

僕がもうひとつ伝えたのは「僕はワンネス歯科になってからうちに勤めてくれているスタッフは皆家族だと思っている。もしあなたたち二人が僕の二人の娘なのなら、娘の間同士の問題をどちらかを家を追い出して解決するはずがないだろ。二人もそういう気持ちでこの問題を眺めてもらいたい」

 

まずはこれが出発点です。

村上さんの話を聞き、そして工藤さんの話を聞き、それから三人で輪になって話し合いました。

この際に重要なのは、誰が悪いとか原因を探すのではなく、起こっている事実の認識とそれに対して自分がどう感じるのかというのを感情的にならずに正直に場に出すということです。

元来、意識の高い年長者がその場を取り仕切ります。

今回は当然のことながら僕がその役目を引き受けます。

そしてスタッフ二人が直接に感情のやり取りを言葉でやってしまうとダメなので、「僕たち三人の真ん中にその問題があり、僕たちもそこにいるんだ。それを僕たちは客観的に見なければならない」と伝えました。

そして一人ずつその問題をどう認識しているのか?それについてどう感じ、どう思うのかを場に出してもらいました。

もちろん僕も思うところを話しました。

まあ時々はスタッフ二人の感情の応酬みたいになったりするのですが、あくまでもまとめ役の僕は冷静です。

 

ある程度それらが済んだら、「ではこの問題に対してどうすれば良いと思うのか?」を問います。

今回は僕はまとめ役でもあり、医院の責任者としての当事者でもありますから僕からも提案をします。

ある程度は院長とスタッフという立場がありますので、僕の意見が優先されるきらいはありますが、決して押し付けたりはしません。

二人が納得することが大切なのです。

でないといずれまた破綻します。

 

その結果どうなったかというと、本当のところは彼女たちに聞いてみないとわかりませんが、一応は改善をみたように感じています。

今思うに、こういうことが起こった後は一定期間をおいて、その後の経過についてどう感じているかを再度話し合う方が良いのかも知れません。

 

皆さん、これが本来のホ・オポノポノなんです。

ハワイにおいてホ・オポノポノというのは古のコミュニティの解体とともに変化をし続けました。

いわゆる四つの言葉というのは、一人でホ・オポノポノのコンセプトを実践できるように考案されたものを、ヒュー・レン博士があまねく広めることになりました。

例の犯罪歴のある人の病院での話がそれを後押ししたわけですが、実際にはかなり誇張して語られているようです。

僕は何かの本でホ・オポノポノを勉強したわけじゃありません。

自然とそうなったのです。

 

今回のスタッフ間のトラブルは僕にとっても非常に意義深いものでした。

僕がこんなふうに問題に対応できたということがまず驚き。

数年前の僕なら絶対に誰かを責めていたでしょう。

原因を探り出して誰かを裁いていたでしょう。

「お前の〇〇が悪いんと違うんか!」と言ってたことと思います。

そして衛生士が辞める方が困るので、受付の工藤さんの方をクビにしていたかもしれません。

それしか解決の方法を知らなかったのです。

でもおわかりのように、そんなことではなんの解決にもなりません。

 

全体の問題解決の過程の中で、僕が彼女たちに示していたのは(後から気づいたのですが)

あなたたちは愛されているのだ

ということでした。

実はね、ホ・オポノポノを実践するうえで最も大切で、これがなければうまくいかないもの、それはまとめ役の人間が上のことを言葉ではなく態度や雰囲気で出せるかどうかということなのです。

愛されているという安心感が場にないと、誰も正直に素直に誠実になれません。

そんな状態でやったところでダメなんです。

そして例えどのような結果になろうとも、それはきっと皆にとって最善のことなのだということを信じること。

それはつまり、宇宙への全面的な委ねと信頼です。

サイちゃん、大人~!(笑)

 

僕がそんなことをその時に意識していたわけではありません。

ただ終わってみれば、そうであったのだと気づかされたのです。

ホ・オポノポノに限らずこういったものをテクニックやHow to としてやろうとすると失敗します。

もしかしたら短期的にはうまくいくかもしれないけれど、それだとホ・オポノポノなどが本当に伝えたいこと、その核心がわからないままになってしまうのです。

 

僕が彼女たちを愛で包んでいたなんて、とてもじゃないけど思えないんですが、でもきっと僕たち三人が宇宙の愛に包まれていたんでしょう。

そう考えると何があっても大丈夫なんだと、なんだか安心しちゃいますね。

 

ヒュー・レン博士は「外側の世界で起こっていることはすべて内側の世界の反映であるから、常に自分の内側を四つの言葉によって(本当は他にも言葉がありますが)クリーニングする必要があるのだ」と述べています。

僕なんかはね、いつも言いますように面倒くさがりの関西人ですから、さっきみたいな言葉を聞くと「アホけ。おまえみたいなしょうむないやつは一生ゴメンナサイ、愛していますて言うとけ!そんなにクリーニングが好きなんやったら、白洋舎行けや!」と思ってしまうのね。

さっきの愛はどこに行ったんでしょう?(笑)

 

二日酔いがひどい時は、三日目のブログの更新も遅れるの巻でした。

2012.1.10