ブログのネタはいくつもあって、「あ、これ今度書こう」と思うんですが書き留めてないので片っ端から忘れてしまいます。

最初にホームページを立ち上げた時は、メッセージのタイトルをたくさん箇条書きにして、それらを順番にアップしていったのがサイドメニューになっています。

ですので、ブログを書き始めて半年経ち、ネタはあるにもかかわらず手詰まりになるという事態が起こったりします。

そんな中、テレビやかえる庵で読む新聞から拾うネタは重宝するのですが、本日はそんな中から一つ。

 

西本願寺の総長および執行部の総務5人が総辞職するという事態がありました。

宗法改正を目指したが、宗議会で認められなかったからです。

今年は親鸞上人の750回忌、いわゆる大遠忌です。

そんなことやってる場合じゃありません。

で、また同じ総長が再選されました。

僕の従弟は本山勤めをしているので、さぞ翻弄されて大変だろうなと思います。

 

近々サイドメニューの方に宗教の崩壊については書く予定ですが、例えば僕の死後、といってもまだ100年以上先の話ですが、「シャングリラ教」というのができたとしましょう。

あくまでも仮の話です。

さて、やがてその教団が巨大になりそのうち二つに分裂しました。

どちらも大きな本山を構え、信者を増やし布教に一生懸命です。

教団の中でも上下関係が出来、まるで一昔前の医学部の医局のような様相です。

信者からの献金で教団はどんどん建物を増築し立派になっていきます。

 

これね、僕があの世から見ていたら情けなくって涙が出ますよ。

誰が「シャングリラ教」なんか作って僕を教祖に祀り上げてくれなんて頼んだの?

「シャングリラからの伝言」の根幹は「すべての真理はあなたの中にある」といういたってシンプルなものなのに、それがどうして東西の二つに分裂するの?

なんでそんな立派な建物が必要なの?

すべての人に神性が宿るはずなのに、どうして教団の中で上下関係があるの?

 

実に馬鹿げています。

これが宗教がこれ以上たちゆかなくなる理由です。

というか、もうその崩壊はすでに始まっています。

詳しくはいずれお話します。

 

神の言葉を伝えるものは謙虚たれ。

相手の中に神性さを見れないのであれば、あなたはその人(メッセンジャー)ではないのだ。

あなたはただ、相手が自らの中に眠る真理に気づくように努力すれば良い。

それ以上のことは、必要ない。

わたしが過去いくども形を変えあなたたちの前に現れた時、

わたしが伝えたことはただひとつ。

「あなたはすべてを知っている」

それだけである。

2011.2.5