世界にひとつだけの花
昨日の午前11時位。
堺筋本町17番出口を上がり、日曜日ということで人通りもほとんどなく、車も少ないオフィス街の堺筋を北に向けて歩いていた僕はなぜか急に、右手の人差し指を立て、空に向けて高く高く誇示したのでした。
自分という存在を。
そして思ったのです。
”自分の中で一番になればいいんだ”
自分の中での一番とはすなわち、自分の持てるものを最大限に発揮するということです。
僕たちにはまだまだ眠っていて開花していない能力だったり、魅力だったりがあるのです。
それらはどうして眠っているのかというと、無意識のうちに自分で自分に制限をかけているから。
僕たちは生まれた時から無知なものとして育てられてきました。
確かに産道を通る時にたくさんのことを忘れるようにはなっているのですが、親が子供のことを何も知らないとして接するため、子供は「自分は何も知らないんだ。だから他人に教えてもらう必要があるんだ」というふうに刷り込まれます。
これが僕がよく言うところの
”教えてもらわないことは知らない”
という大いなる誤解の原因になっています。
時々メールで聞かれるのですが、「どうしてそんなことを断言できるのか?」「何が根拠になっているのか?」
どうしてって、知っているから。
それが理由です。
もっとも当ブログは正しいことを書いているというスタンスではありませんので、いちいちそんな面倒臭いこと聞いてくんなや!と思うわけです。
僕の言うことが合っていようが間違っていようがどうでもよいのであって、要は皆さんが自分の中の忘れていた事を思い出してもらうキッカケになれば、というのが目的なのですから。
これもよく使う例えなのですが、子供の頃、テストで98点とっても「よくやったね!」と褒められることなく、むしろ「どうしてあと2点がとれなかったの?そうしたら100点だったのに。いつもあなたはあと少しが足りないのよね」
その子は知らないうちに「僕はいつも何かが少し足りないんだ」というのが潜在意識に持つようになり、表面上はどうあれ何かしらの劣等感に苛まれます。
それもそのことに気づかない限り一生ね。
僕は小さい時から文章力を母親に褒められ続けたお蔭で、実際の文章の巧拙はともかくとしても、本も出版したし、このようなブログを自信満々に書いております。
しかし、これが文章以外の他のことだとどうでしょう?
「あなた、そんなこと無理に決まってるでしょ。出来っこないわよ」
「なに考えてんの?ダメじゃないそんなこと言っちゃ」
「そんなこと他人に言ったら馬鹿にされるわよ」 etc.
どのような状況で親にその類のことを言われたかにより、細かい所は人により違うでしょうが、これこそが自分で自分に制限をかける、限界を設けてしまっている大きな要因であります。
基本的には自信を持つことが困難になりますよね。
子供は元来何ものにも抑制されない自由な発想をすることが出来るわけですから、これダメ・あれダメと言われるとにっちもさっちも行かなくなります。
逆に一切否定されずに育てられた子供は大物になります。
不可能なことなどないという態度で人生に臨むことができます。
そして非常に楽天的になり、なんでもポジティブに考えることができます。
何かを為そうとした時に、もちろん紆余曲折、苦労はするのですが、最終的にはそれらを乗り越え目的を果たすことでしょう。
否定されない教育というのは、ことほど左様にその子の一生を決めると言っても過言ではないのですな。
僕は自分に自信がありませんでした。
今でも油断するとそういった自分がすぐに顔を出します。
「え~っ!?」と不思議に思われるかもしれませんが、そうなんですよ。
僕には、あの時のあの親の一言が・・・・というのは全然思い当たらないのですが、でもなにかしらがあったのは確実です。
そうでなければ説明がつかないもの。
そして、そうであると仮定すると、あらゆることが説明出来ちゃうの。
嗚呼、そうだったのね、って。
自信がないというのは大変な曲者で、これがないと人生絶対にうまくいきません。
しかし、自信を持てと言われても、そう出来るくらいだったらとっくにやってるわい・・・なんですよね。
ところが、”自分で自分に限界を作ってしまっている”という話と一緒に考えると、だから自信を持てなかったんだ、と妙に納得したりするのね。
これから、ちょっと大切な話をするでおます。
そやさかい、よう聞いといておくなはれ。
今までは、自分がとらわれていたトラウマを見つめ癒してあげることが必要であるとしてきました。
まあ、それはそれで良しとしましょう。
そしてトラウマにまつわる感情を解放してあげる方が良いとも言ってきました。
解放するとは、トラウマに関する怒りや悲しみを封じ込めるのではなく、もう一度味わって表現(爆発)してみようということです。
ところが、これからはもうトラウマに捉われる必要もなくなっていきます。
それが自分の中にあったと認識するだけでOK。
もちろん癒しても解放してもいいんだけど、もうあまりそういったことにこだわらんでもエエのね。
時代は未来を向いとるわけです。
成りたい自分の姿が想像できますか?
在りたい自分の姿が想像できますか?
想像できないものにはなれません。
想像できないものは創造出来ないという大原則があります。
今までは成りたい自分に成ろうとしても、「どうせ自分には無理」と、自分で限界を作っていました。
そうだったと気づくだけで良いのです。
その限界をはずそうなどという努力は要りません。
限界を作っていたことを認めるだけで良いのです。
あなたには無限の可能性があります。
知らず知らずのうちに、そんなことはないと思い込まされていただけなのです
あなたには成りたい自分に成ろうとしても自信がありません。
それもそうだと気づくだけで良いのです。
自信を持とうと努力する必要はありません。
自信が持てない自分がいると認めるだけで良いのです。
すべてそう思い込まされていただけなのです。
あなたは生まれてからずっと他人とあるいは平均と比べられてきました。
上には上がいるのが常ですから自信が持てなくて当然なのです。
あなたは朱でいいのに、赤色が薄いと悩んできました。
どうして藍でも青でもないのだろうと悩んできました。
あなたは朱色という素晴らしい色を持っているのに・・・・
他の色と比べられてきたからです。
そうするとあなたの朱色そのものがくすんできます。
もっともっと朱を輝かせましょう。
現状を認識したなら、もう過去の清算は必要ありません。
未来ビジョンを明確に設定して、イメージしてください。
そしてそれに向けてどんな小さなことでも良いから行動を起こすのです。
すると、過去は自動的に清算されます。
これが今までとは違うところで、この夏からはそうなっていくようです。
それこそが2012年に生きていることの証です。
言っときますけどね、これって目茶目茶スゴイことなのよ。
こんなこと、地球の歴史上ほとんどなかったんだから。
僕は自分の中で一番になる
それは、僕が精一杯光り輝くこと。
自分の元々持っている無限のものに気づいて、それを外に向けて発揮すること。
そう、僕は僕以外のなにものでもなく、それこそが僕が宇宙から授かった大切な宝物なのだと気づいたのだ。
2012.7.23