ここ数日は奈良でも油断していたら雪が舞っています。

およそ昨年11月くらいまで、ほぼ毎日のように書いていたブログですが、よく書くことがあったというか、どうして毎日書けたんだろうと不思議でなりません。

 

と、この3行を書いただけでもう嫌になって自宅に上がってしまいました(パソコンは診療所にある)

頭の中にネタはあるものの、それを言葉として現象化させる行為が面倒くさい。

僕にとってパソコンのキーを叩くのは屁でもないです。

普通に話す程度のスピードで打てます。

いったいどうしちゃったんでしょうね?

今が普通で、毎日書いていた時が尋常じゃなかったのかな。

このような理由で僕はSNS(facebook等)も見はしますが、自分から発信することはありません。

 

「プロセスこそすべてである」

 

山中伸弥教授が新設の科学賞を受賞しました。

ノーベル賞の倍額だそうですから、結局彼はこの1年でノーベル賞賞金×3をもらうことになるわけで、他からも研究助成費の申し込みが数多くあるでしょうから、彼が今後研究費に困ることはおそらくないでしょう。

iPS細胞というのは彼にとってあくまでも手段であり、彼の真の目的は難病の患者さんを救うことです。

かつて研究員時代、自分で動物の世話をせざるを得ず、研究費もままならない時、研究生活を止めてもう一度臨床医に戻ろうかとまで思ったそうです。

これがもし、研究を始めてすぐに結果がでてノーベル賞をもらったとしたらどうだったでしょう?

 

思ってすぐにゴールに達するとどうなるかと言いますと、人間が薄っぺらくペラペラになってしまいます。

そして傲慢になります。

山中氏の仕事は確かに公共性大なるものがありますが、彼の人生だけに焦点を絞って見れば、ノーベル賞等の受賞は単なるイベントにすぎません。

頭をひねって考えて様々な試行錯誤をする、その中での数々の苦労や発見に伴う喜びこそが彼の人生の真髄でしょう。

 

そして事成りし時、人は自分の人生に失敗などなかったことを理解します。

意見が対立した人達ですら、実のところ自分の仕事の助けになっていたことを理解します。

優しくなっている自分がいることに驚きます。

どのような物の見方も尊重されるべきもので大切なのだと腹に落ちているからです。

その時、人は非常に謙虚であり、あらゆることをそのまま受け入れることが出来るようになります。

結局ね、ワンネスへの道を進んできたということに気づくわけです。

 

山中伸弥教授の受賞をして、彼がワンネスの道を一歩一歩歩いてきたのだとわかる人はどれ位いるでしょう?

僕は賢いからわかるのよ←謙虚さの欠片もおまへん(笑)

 

そしてiPS細胞が臨床応用される段になった時、山中氏はちょっとスゴイ人になっていると思います。

視点が高く、広く・・・・

スピリチュアルを追及してきた人などとは比べものにならず、研究は大成し、人を大切にし(家族や研究スタッフ)、他人に感謝し(助けてくれた人や患者さんたち)、いわゆるバースビジョン(生まれてきた目的)というものを公的にも私的にも達成するという人間的偉業。

彼は必ずそうなると信じています。

 

僕が最も感銘を受けた陶芸家の河井寛次郎氏。

彼の前では魯山人ですらかすんでしまう。

かつて足立美術館で氏の作品や書を前にした時、ディクシャどころじゃないとんでもないエネルギーに打たれ、身体が凍りついたように凝固してしまったのを覚えています。

「この人・・・・悟ってる・・・」

そう思いました。

今なら”悟る”というややこしい言葉は使わないかもしれませんが、とにかく意識が僕より遥か彼方にまで進んでいることに畏敬の念すら浮かびました。

 

氏の想像力と創造力は半端じゃありません。

その造形美は非常に力強くユニークです。

このように何か一つのことに打ちこんで、そこで創造的であることが何より重要で、そうすると結局は悟りの道を進むことになるのだと思うのです。

つまりは仕事において(主婦業も含む)創造的でありたい。

そうすれば進化は自動的に進んでいく。

そのためにたいせつなこと・・・・・

 

創造的であるために要求されることは、自分らしくあること、自分の物の見方(視点)や自分の感じ方(感情)こそが大切であるという態度ではないでしょうか。

だからわたしは言うのです。

悟りの道は、修行することでも、本を濫読することでも、セミナーを受けることでもなく、瞑想することですらない。

あなたの人生そのものがそれなのである。

 

どうやら今日は特別な日のようです・・・・

2013.2.22