日曜日の午前中は障害者の歯科検診でした。

いつも思うのですが、境界線近くの子供というのがいます。

健常児と障害児の間という意味です。

これはその学校により違いますが、少しでもそういう疑いがあると養護学級に入れようとする所もあれば、普通クラスで授業を受けるように勧める所もあります。

普通クラスでは多少授業についていきにくくなります。

でも養護学級に入ると、もう完全に障害児として育っていくことになるでしょう。

学校側の立場や他の生徒や保護者の想いもあり、非常に難しい問題です。

 

当院にも僕から見たら境界線だなぁと思われる子供が来ることがあります。

その時に僕は心の中で子供に対して「先生はちゃんとわかってるよ」という旨のことを伝えます。

確かに障害児が生まれるには母親の生活習慣や両親のDNAという物理的問題も存在はするでしょう。

それでもなお、障害児は勇気のある魂であり、本当の天使なのだということを僕は知っているよ、ありがとうね、と伝えるのです。

あくまでも僕の感触としてなのですが、そのように僕が認識した子供たちは成長の過程でより健常児に近づくような気がします。

子供が大人に対して持ってきたメッセージに気づくと、彼らが抱えていた荷物が減るということでしょうか。

 

子育ての極意は親自身の自分育てだと知ること、といいます。

子供というのはたった一つのメッセージ ”自由に生きること” をたずさえてきます。

よりわかり易く言うと、”自由に生きることを自分に許す” です。

その中でも障害児は ”あるがまま愛すること” を教えようとします。

これは、「こんな僕でもお父さん、お母さん、愛してくれるの?」

ということのようですが、本当は障害児の子育ての中で親が自分の中で様々に噴出する感情がありますね。

一見ネガティブに見える感情を持っている自分、すなわち親自身を親自身が愛して(許して)あげてね。

ではないかと思うのです。

 

障害児は健常児のようには出来ません。

普通には出来ないのです。

でもね、”普通って何?” なんですよ。

「お父さん、お母さん、どうしてそう自分のことを責めるの?何と比べてるの?」 なんですなぁ。

 

親が障害児のメッセージをきちんと受け取ること、すなわち、自分自身をそのまま愛せる(許せる)ようになると何かが変わっていく気がします。

境界線上の子供が健常児になるとか、あるいは、より崇高な選択というのもありますが・・・・・

2013.2.26