インドの水と咀嚼の話

 よく噛むことの効用はわざわざ記す必要もないでしょう。脳を活性化させるとか、唾液分泌を促進させるとか、その他もろもろ。特に唾液は通常中性ですが多量に分泌されると弱アルカリになるので、食事中に口の中が酸性になるのを中和する働きをもつようになります。また、よく噛むことによって満腹中枢が刺激されるので、腹八分目で十分になります。早食い選手権に出るような人は噛まずに飲み込んでいます。でないとあれだけの量は食べられません。
 歯医者なら誰でも知っている元岡山大学歯学部小児歯科の岡崎好秀先生は、よく噛むことで食物の表面積が増し、唾液や胃液と接触しやすくなり消化されやすく殺菌されやすくなる、泥水であっても少しずつ飲むことでより殺菌効果が高まるとおっしゃってます。それは確かにその通り。でも、それだけではないという話をします。
 以前、僕の知っている女性の住職さんが、先代の住職である母親とインド旅行に行きました。もちろん巡礼の旅でしょう。するとある時突然、母親が生水を飲みだしたのです。娘は驚いて吐き出すように言いましたが、「よく噛んで飲んだら大丈夫よ」といって、結局飲み干してしまった。でも、その後も何ともなかったということです。よく噛むことによって何の効果が上がったと考えるべきでしょうか?
 咀嚼とは自分の身体と同化させる行為です。普通は食物を粉々にすることだけを同化だと思っていますが、実はそれ以上に大切なのが自分の体温と同化させることなのです。消化酵素だけに限らず、体内で行われるあらゆる生化学反応には至適温度というものがあります。当然ですが体温あたりでそうなっているはずです。仮に常温の食べ物だったとしても、そのまま飲み込めば体温とは10度近く差があり、内臓は熱エネルギーを奪われます。逆に熱すぎてもだめでしょう。これから暑くなって冷たいものばかり摂っていると、そりゃ体力落ちるっちゅう話です。
 よく、30回噛みとか50回噛みとか言いますが、口の中の温度と一緒になったと思ったら飲み込んでいいというサインですよ、と僕は患者さんに伝えるようにしています。だから、飲み物でも本当は噛んだ方がよいのです。それによって身体の中の消化や無毒化の工程が円滑に行われるということでした。意外にこういう見方はされていない気がします。

2014.5.27

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