このタイトルは少し前から頭にあったものですが、先日の大阪東心斎橋の事件で亡くなられた音楽プロデューサーも「音楽の力を信じていた人でした」と後輩の方が話されていたのが印象的でした。

なんともやりきれない気持ちです。

 

今、スピリチュアルの世界では意識を拡大し、銀河意識、宇宙意識という人が増えています。

確かに今という時代の地球人はそのように変化しており、それこそがアセンションのひとつの証でしょう。

でも僕はどうかというと、ここ最近のブログを読んで頂いてもお分かりのように、益々自分の内側に深く入っていっております。

時代に逆行してますかね?

 

僕がシャスタでハルミさん、ヒデさんのセッションを受けた時、僕はアセンションに乗り遅れる人を後押ししたいと述べました。

するとハルミさんは、僕のガイドの言葉として「それは止めた方が良い。そういう人は好んでそうしているのだから、あえて関わる必要はない」と言われました。

確かにそうだと思います。

でも、やはり、僕は言葉は悪いが落ちこぼれていく人を見過ごすことはできないみたい。

自分たちだけ上に行ってというのは、犯罪者を再教育することなく牢屋に閉じ込めておいたり、死刑にして清々しているというのと同じじゃないですか?

メッセンジャーはそれぞれ役割が違うのだと思います。

もうほとんど覚醒している人たちを銀河意識へと導く人もいてもいいし、苦しみにフォーカスして人生をより良く、そして幸せに生きることの手助けをする人がいてもいい。

僕は自分で選んでいるわけではないのだけれど、そのように導かれている気がする。

それもありでしょう。

 

一昨日、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見ていました。

天ぷら職人の早乙女哲哉さんが主人公だったのですが、彼は130歳まで自分の仕事を高めていきたいと考えています。

60歳で終りと決めつけてしまえばその時点で進化が止まるからだそうです。

僕は150歳までは進化して、そこからあとの50年は嫁さんとゆっくり暮らしたいと思っています。

番組の中で、早乙女さんと何十年の付き合いのフレンチシェフが登場しました。

そのシェフは腕もあるし、かつては大繁盛店だったのですが時代の波には勝てず、ある日、銀座の店をたたみ地方のホテルの料理長として再出発することになりました。

早乙女さんの店に報告と挨拶に来たシェフに、早乙女さんは天ぷらを御馳走します。

「御馳走してくださるんですか?」というシェフに

「せっかく来たんだもん。食べなくちゃ仕様がねえや」と返します。

 

そこから二人の無言のやり取り、お互いプロ同士の心のやり取りというのでしょうか、早乙女さんは渾身の想いをこめて料理で新たな人生を歩もうとするシェフを送り出そうとしますし、その想いをシェフは大切に本当に大事そうに噛みしめています。

この時、僕は思ったのです。

この二人の職人の想いに僕は感動するではないか。

この人たちの心に触れようとしているではないか。

じゃあ、個人セッションでも出来るはずではないか。

もしかしたら、僕はずっと、僕には出来ないと自分で自分の限界を決めつけていたのかもしれません・・・・。

 

早乙女さんは自分のことを世界一の臆病者だと自負しています。

「俺はね、臆病だよ。客の前でさ、足がそれこそワンナワンナ震えてんだもん。だけどね、俺ぁ言うんだよ。臆病だけど、臆病さにかけては誰にも負けやしないって。だからちょっとした客の表情に気を遣うし、素材も丁寧に扱うんだよ。それでさぁ、俺は臆病だからこそ天婦羅の世界じゃ誰にも負けやしないのさ」

 

僕が小さかった時、なりたかったもの・・・・というか、やりたかったこと。

ヨーロッパにあるステンドグラスが美しい教会でパイプオルガンを弾くこと。

そして、アメリカの広~いトウモロコシ畑の真ん中でバンジョーを弾くこと。

僕はずっと過去世が関係しているものと思っていました。

でも、もしかしたら違う見方もあるのかもしれない。

これら二つの場所はどちらも僕が心安らいでいられる場所を表します。

二つの楽器は聴衆に対して演奏されているのではありません。

ただ自分自身が自分が今いる世界に対して表現しているだけなのです。

そこに他人の評価はありません。

聴衆は演奏している僕一人。

そういうことか・・・・と思いました。

 

I believe in music. 僕は自分の創造するもの、表現するものを信じる

I believe in love.  僕は愛、すなわちこの宇宙を信じる

 

皆さんの小さい頃の夢は何でしたか?

もしかしたら、それは小さかったあなたから、大人になったあなたへの大切なメッセージかもしれませんよ。

2012.6.13