息子の慧が小学校の野外活動で一泊してきました。

その時に、石ころアートというのをやったようで、小さな石に絵を描くんですね。

「お父さん、ただいま。お父さん、これ慧が描いてん。トトロ」

と見せてくれたのが石に描かれた「となりのトトロ」の絵。

何も見ずに描いたのに、上手に描けてるんです。

ところが僕は、「この石はどうしたん?そこで拾たん?」とかそんな事ばかり聞いて、褒めるということをしませんでした。

褒め慣れていないので照れてしまうんですね。

 

先日、ふうさんがうどんを打った時、いつもと違って細麺になっていました。

毎回上手くなっていくのですが、まだお店で食べるのと比べると足らないところがたくさんあります。

で、「今日のは何うどん?何見て作ったん?」みたいなことしか話しませんでした。

後からふうさんは妻に「お父さん、褒めてくれへんかった」と言ってたそうです。

 

そのことが頭にあったので、2時間くらい経ってからですが、慧に「上手に描けてたで」と言いました。

慧は「ありがとうございます」

 

僕は当分ホンワカした良い気分でした。

褒めるって、褒めた方も嬉しくなっちゃうのね。

 

考えてみれば僕は小学校低学年の時から、母親に「治、あんたは文章書くの上手なんやから・・・・」とことあるごとに言われていました。

それが今こうしていることに繋がっている気がします。

僕の心のどこかには、常に「僕は文章書くの上手いんや」というのがありました。

 

大学に入って軽音楽部でジャズをやっていた時も、先輩が僕のアルトサックスの音色を褒めてくれた時は嬉しかった。

そして益々練習するようになりました。

 

僕は大人が成績の良い子供に仕立てようと、あるいは大人目線で良く出来る子を作ろうと、「子供は褒めて育てろ」みたいにするのはハッキリ言って嫌いです。

でも、こうやって色んなことを考えてみると、あるいは思い出してみると、褒めるというのはやはり人の潜在意識に働きかけるんだろうと思います。

 

そう考えたら、仕事でスタッフに至らない所を注意してばかりいるよりは、感謝の気持ちを伝えて褒める方が良い雰囲気の診療所になるに決まってます。

え?

褒めるとこがない時にはどうしたらって?

僕が故桂枝雀さんの落語で一番好きなのが「寝床」

浄瑠璃をかたるのが好きな大旦那さんが、公害のようなかたりを皆に聞かせようとすることにまつわる話です。

そのマクラの部分で、稽古をつけるときのお師匠さんが、とにかく商売ですからお弟子さんを褒めまくるというのがあります。

声が良い人は褒めやすい。

声がアカン人は、言葉がしっかりしていると褒める。

言葉もアカン人には・・・・・

「あんた、長い時間座っててもシビレの切れんところがええ」

 

なんなりとと、褒めるところってあるのね(笑)

本日、同級生と天満の美味しい寿司屋さんに行く予定。

帰る気ないんで、なんばでカプセルホテルとりました。

最後はニコちゃんとこで、ヘベレケやろうなぁ。

2012.7.14