昨日は、すでにお伝えしたように午前中は運動会、昼からは京都競馬場でした。

いろんなことがあって今のところ軽薄短小を旨とする本ブログでは書ききれないので細かくはいずれ。

ただ昨日朝8時より24時間、システム変更の影響でもしHP閲覧に関して不具合があったのでしたらすみません。

そういったことがあったか否かもこちらはわかりません。

昨夜祇園で一緒に競馬に行った人たちとカラオケを歌っていた時のことです。

僕は実はすごく高い声がでるので、例えば徳永英明の「壊れかけのラジオ」が原曲キーのまま歌えたりします。

中学生の時は一度だけオリビア・ニュートンジョンのジョリーンが歌えたこともあります。

あれは自分でもビックリしたぁ。

で、まだ一度も歌ったことのない松山千春の「大空と大地の中で」をリクエストされ歌っていた最中のことです。

そのrefrainのところに次のような歌詞があります。

 

                    生きる事が つらいとか

                    苦しいだとか いう前に

                    野に育つ花ならば

                    力の限り生きてやれ

 

この詩が途中何度か出てくるわけですが、二度目にそれを口にした時にどうしようもなく涙が出てきました。

どうしてでしょう?

実はこのHPを検索でHITする上位2番目くらいに、「自殺した魂」と最近では「自殺するならどこで」というワードがあります。

後者に関しては「おいおい、大丈夫か」て感じですが、要するにそれだけ今、自殺ということを真剣に考えている人が多いわけなんですね。

そのうちブログに「自殺する人の気持ち」というのを書きますが、僕は経験者としてそういう気持ちになるのがわかるのです。

だからそんな考えを持つことを否定する気は毛頭ありません。

ただ、歌いながらそのことに想いを馳せた時に、そのことをパソコンで調べようとしている人たちのことを考えた時に、ふと涙が出てしまったという話です。

僕は院長としても、父親としてもすごく未熟だと自分でも思うのだけれど、そういった時に涙が出る、そんな自分の少し透明な部分が好きになりました。

よく言われる

「自分を許し、自分を愛する」

それが出来ないと

「人を許し、人を愛する」

ことなんてできないよ

というのは少し違うんじゃないか、と思います。

そういったことというのはね、気がついたら「あ、これがそうかも」というふうになるのじゃないでしょうか?

なんか、最近自分がすごく可愛いと思えるようになってきました。

そうならないとダメだと考えていた時にはできなかったのに・・・

2010.10.18