カダフィ大佐が2009年の国連総会で行った演説を聞いて僕は「こいつ、やりよんな」と思ったものです。

なぜならあの時彼が話した内容はほとんどが正しいからです。

今、実際に何が起こっているのかはわかりません。

新聞の報道なんか当てになりませんので。

 

さあ本日は人生ゲームの話で、書ききれなかった穴を埋めていきましょう。

言うとくけど、だいぶと長いよ(笑)

 

まず一緒にプレイする人たちをコロコロ変えると訳がわからなくなると言いました。

例えが麻雀である必要は全くないのですが(そういえば長い間やってないなぁ)、4人でゲームを始めました。

そして東一局が終わり、次の東二局になる時に他の3人が総入れ替わりしました。

東三局でもまた全員知らないメンバーです。

これがなぜつまらないかというと、人間関係というのは相対的なものなので、ある程度長い期間を同じ人が一緒に過ごしてくれないと、自分自身のことがわからなくなるからです。

だから自分が何者かを知るためには、例え新たに同じゲームを始めるにしても、メンバーもそこそこ一緒じゃないといけないということです。

ただし、麻雀でもそうであるように親は変わっていきます。

それに伴い自分の風(東西南北)も変わります。

 

よろしいですか、これから結構いいこと話しますよ。

だから人は転生する時に、前と同じ過去世をひとつは身につけてくることが多いのですよ。

これが魂のクセと呼ばれるものです。

嗚呼、金城さんじゃないけど、俺ってスゴイ!最高!!(笑)

 

一度ゴールして上の盤面のスタート地点というか、控室みたいな所にいる時に次どうするかを決めるわけですが、もう一度同じゲームをするにしても下ではまだ他の人たちがプレイ中なんですね。

それが一段落しないと、また新たに始められないわけです。

いつ一段落します?

あなたの子供が子供を作り、その孫に当たる子供もまた子供を作り・・・・。

それらが相関し合っている限りは、そのゲームは終わりません。

 

だ・か・ら・

もう一度転生するというのは実にスゴイ確率だというのです。

あらゆる条件が揃わないといけないわけですから。

あなたがいるのは時間のない世界。

下は時間のある世界。

あなたにはその日を待つ時間は一瞬ですが、下の世界的にはものすごく長い時間が必要となります。

 

今あなたはゲーム盤のスタート地点に立って、盤面を見渡しています。

ところがよく見ると、盤面上のマスはあちこち光が点いたり消えたりしています。

光が点くということはそのマスが有効に存在するということで、消えるということはマスは存在するが無効、つまり無いのも同然ということです。

お店はあるんだけど、灯は消えている、今日は臨時休業かな?みたいな感じ。

「すべては今起こっている」はずなのに、起こっていない現実もあるのか?と聞かれると困るのですが、どうもゲームに参加している人たちが何を意識するかによって、上に書いたようになるみたいです。

それ以上聞かれても僕にはわかりません。

 

ゲーム中、あなたはいつでもゲームを抜けることができます。

リセットとはまた違うのですが、たくさんあるマスとマスの間は空間があいています。

あなたはただ自分の駒をマスから外に出すだけ。

そうするとどうなるかというと、下の盤に落ちていきます。

多くの人が”地獄”と勘違いして呼んでいるものです。

単に下にある世界というだけ。

リセットならすぐに最初のスタート地点から他のプレイヤーと一緒に始められますが、この場合は違います。

そこでのゲームはあなた抜きで進行していきます。

 

下の盤であなたは、自分の意識が現実を作るということを強烈に体験します。

あなたの妄想、幻想が目の前にある世界なのですが、やっかいなことにあなたはその事にきづきません。

時間の感覚はないので、未来永劫そこに閉じ込められるというのとは訳が違います。

ただし、先ほどまでいた世界から見ると確かにシャレにならない位長い時間そこにいることになるでしょう。

そこではサイコロを振るということは行われません。

ただ意識したものが目の前に現れるだけ。

もう少し言っておくと、あなたがゲームを途中放棄する直前まで捉われていた観念が、そのまま固定した状態であなたはそこに現れるわけです。

ですからその観念があなたが意識するものを決めていきます。

そこにいるのは、自分の妄想で自分の幻想世界を作っている他の脱落したプレイヤーたち。

ここでのやっかいなところは、サイコロを振らないので駒が進むということがない。

ゴールがないということです。

だって、そこにはあなたが本当に体験したかったことはないから。

こりゃまった、困った事じゃありませんか!?

 

そこに落ち込んだあなたはその後どうなるのでしょう?

お父さんやお母さんは助けに来ません。

盤面の高さが違いすぎて(エネルギーレベルが違いすぎて)来れないのです。

仮に自身のエネルギーを思いっきりダウンさせてやって来たとしても、そんなとこに来ようものなら、自分もあなたが作り出した幻想の世界に取り込まれてしまって帰れなくなってしまいます。

あなたはただ、自分がいる世界が自分の捉われが作った幻想の世界なのだと気づけば直ちにそこから解放されるのですが、これが気づかないのです。

だって、今だってこのブログ読んで鼻で笑ったり、僕の事を詐欺師呼ばわりする人がたくさんいて、その人を納得させろと言ったって聞きゃしません。

 

映画「奇跡の輝き」ではある夫婦の主人が交通事故で亡くなる。

その夫を追うように妻は自殺する。

そして上で書いたような世界に捉われて動こうとしない。

夫は天国から自分のことは省みずに助けにやって来ます。

でも彼女はそれが夫だということがわからない。

だんだんと夫の意識がその次元のものに変わろうとしている。

ギリギリのところで彼女は夫の言葉に目覚め、二人してそこを抜けだす。

無事天国に戻った二人は、もう一度生まれ変わって、あの世界のどこかで出会い、もう一回恋をしようということで転生してきます。

 

ごくごく稀にこんなこともあるかもしれませんが、まあほとんど不可能です。

映画のタイトルが「奇跡の輝き」ですからね。

 

ただ救われない魂はありません。

何らかの救済策が取られるのですが、そこのところは僕も知りません。

で、今、奇跡的に助け出されたとしましょう。

また元のゲーム盤の控室で順番待ちです。

ありゃ?しばらく下に行ってる間に他の人たちの顔触れは変わっちゃったな。

知ってる顔はほとんどいないや。

ということであなたは、以前やったのとは違うゲーム盤を選ばざるを得なくなります。

それにはもう一つ理由があって、魂というのは基本的にガッツ・チャレンジャーなので一度失敗したものに再度挑戦する際、よりシビアなゲームを選ぶんですね。

 

最初の方で魂は転生する時に以前の過去世をひとつは身につけてくると書きました。

そうなんです。

身につけちゃうんですよ、その失敗したというか途中放棄した記憶を。

でね、またやっちゃうんです。

う~ん、もういいや。リセットして最初っからやり直しちゃえ。

と言ってゲーム放棄して下に落ちていくというのを。

魂のクセですから。

そういう魂は延々同じことを長い期間かけてやっているわけです。

おまけに、次にやるゲームは先ほど言ったように、よりシビアな内容となっております。

ですから、次のゲームでも脱落しやすくなるのは道理であります。

ただゲームの難易度は上がりますが、ゲームの主題(あなたが体験したかったもの)は変わりません。

 

このゲームを開始する時のルールブックの一番最初に書いてある言葉。

 

何人たりともゴールすることなく、このゲームを途中で止めることはできない。

 

途中で脱落する人は、なぜそうなるかというと、そのゲームを一人でやっていると勘違いしてしまうからです。

一人でサイコロ振って、駒を動かして、マスに書いてある指示に従って・・・・・。

そりゃむなしいでしょう。

何がむなしいかって、本当は他にもプレイヤーがいるのにその人たちと感情のやり取りをしていないからです。

それをしないと実質的に単に駒を動かすだけのゲームですから、つまらないですよね。

 

最後にもう一つ書いておかないといけないことがあります。

スタートしてすぐにゴールする場合があります。

この場合は、そのプレイヤーは他のプレイヤーに対して端的にあることを示すのです。

生命の尊さ

そしてあらゆる生命は無上の愛で守られていることを

生まれてすぐに亡くなったり、お母さんのお腹の中で亡くなる赤ちゃんは、そうなのですね。

 

さあ、散々そのゲームをとっかえひっかえやり尽くしたあなたは、満足しきってゲーム盤をたたみ、箱に入れてタンスの上にしまおうとしました。

その時、何気なくその箱の裏を見ると、次のような言葉が書かれていました。

 

実は、サイコロを振っていたのはたった一人のプレイヤーなのだ

 

ガチョ~ン!

2011.3.3