いまだ昨日のメッセージの余韻さめやらぬ僕ですが、偉そうに発見とか天才とか言ってるものの、あんなのみんな宇宙から、おそらくはシャングリラ(シャンバラ)にいる同志たちにベストタイミングで智慧を授けてもらっているだけなので本来自慢するようなこっちゃないんです。

でも誰も褒めてくれへんので、自分のブログの中だけでもちょっとくらい自慢させてくれてもええやんねぇ?

 

「ワンネスへの行きつき方」というのは「宇宙の流れに乗る方法」と言い換えてもいいのですが、要するに宇宙が左回転してるんならあなたも左回転しなさいという話です。

いや、そこで立ったまま左に回らんでええって(笑)

そういうことじゃなくって、自分の中に内包されているあらゆる部分を表現していくということですよ。

僕だって面白いこと言う時もあればシリアスな時もある。

テレビ見て涙流すこともあるし、滅多にないけど他人に共感して泣くことだってある。

マナーの悪いやつ見たらやたらめったら腹立つこともあれば、そういうの見ても感情が全く動かない時もある。

僕の魂の今回の核心部分は認識であり、その逆の「認めて欲しい」というところで人生ゲームをやっているわけですが、その中で僕の多面性を見せていけばよいということです。

それが左に回転し宇宙の流れに乗るということで、それをすると当然ながら最短時間で目的地に到達します。

バックスピン(逆回転)かけて、良い人になろう、ワンネスにならなくっちゃとやっても、宇宙の回転以上に強力に逆回転なんか出来るわけがないので、いずれは彼岸に行きつきます

 

よく考えて頂きたいのですが、僕たち人間は意識しなくっても個性を出すようになっているのです。

ていうか、そうでしょ?

それが周りと調和しないから皆さん悩んでいるんですよね?

今の社会は確かに個性を個性と認めない風潮が強い。

でも皆がそれやりだしたら、社会の方が皆さんに合わせざるを得なくなります。

だって社会というのは皆さんの総和なんだから。

 

ワンネスになろうとか悟ろうとか努力すると(いわゆる修行ね)かえって妨げにしかなりません。

それよりは、あなたはあるがままに生きる、それが最短。

もっともっと個性的にと努力する必要も無し。

宇宙の超強力な回転の中で、あなたが意識して回転数増やそうとしてもそんなものは無視できる程度にしかならない。

というかこれもバックスピンと同じで疲れちゃう。

とにかく、あるがまま、そのままでOKということです。

これこそが釈迦が悟った真髄じゃないの?

キリストが伝えたかったことじゃないの?

南無阿弥陀仏とか南無妙法蓮華経とかはそのことを圧縮した言葉でしょ。

般若心経の最後の呪文「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」だって本来は音霊だけど、意味とすればそんなとこです。

これを宗教作って、誰かが伝えようとするからややこしくなる。

核心はいたってシンプルなものなのです。

 

「シャングリラからの伝言」はそれをup to date でわかりやすくお伝えしています。

僕はシャングリラ(シャンバラ)と皆さんをつなぐ仲介役でして、僕が宗教を作るなどあり得ない。

僕の勘違いだって何だっていいんですが、皆さんはシャングリラの智慧をまさしく今この時にタイムリーに聞いているわけです。

こんなのね、釈迦の対機説法を目の前で聞いてるようなもんですよ。

しかもいわゆる宗教じゃないんです。

宗教が本来の意味での宇宙の理というふうに捉えるなら、これは宗教です。

そしてもし僕が間違った伝え方をしていたら、必ず僕に対して何らかのアクセスがあるはずだし、メッセージを寄せ集めた時にどこかに矛盾するところがでてくるはずなのです。

今のところ幸いにしてそういったことはありません。

Namaste

2011.6.11