いやしの村だよりの2月号にケビンが書いていたこと。

昨年12月のインドでのディープニングコースに参加してアウェイクニング(覚醒)したと認定されたある人が、帰国してから急に周囲の人たちに自分は人格的に優れているかのように振る舞った、との旨。

笑わせてくれます。

その人のことを笑っているのではなく、アウェイクニングと認定してもらいたくてインドに行く人がいるということや、それを認定しようとしているワンネスユニバーシティが笑わせてくれるというのです、僕はね。

バカじゃね?

(と言ったら気分悪くする人多いやろな)

 

アウェイクニング(覚醒)とは何か?

目が覚めている状態とは何か?

要するに自分に何が起こっているのか冷静に見ることが出来ている状態をいいます。

現在のところ、普通の人においては、体験はマインドとセットでやってきます。

つまり電車の中で携帯で喋る人を意識した時に、その風景だけが目に入ってくるのではなく、”=悪いことをしている”という価値判断が風景とセットで目を通じて脳に行くわけです。

覚醒している人は、そうなりながらもそうなっているという自覚があります。

ですからその後、おかしな感情に振り回されることはありません。

何が起こっているかがわかっているからです。

 

この段階が進んでいくと、携帯で喋る人を意識した時に、単にその風景だけが目に入ります。

マインドはその時セットで存在しません。

要するに純粋な体験だけが存在するわけです。

価値判断しないわけですから、その体験がもたらす感情は何でしょうか?

ここまでいけばスゴイと思いますが、そこにあるのは喜びの感情以外の何ものでもありません。

というか、僕わからんけどね、そんな感覚(笑)

 

アウェイクニングもエンライトメント(悟り)もアセンションも、皆が言うのを聞いているとなんかレトリックがあるような気がするのね。

レトリック、つまり、いかにも正しそうなんだけど、そこにおかしな修飾というか曲解があるぞ、みたいな。

何度か言ったかもしれませんが、僕はどんどん現実世界に集中していっています。

「シャングリラからの伝言」、メッセージなんぞ過去のものです。

 

それはそれとして本題ですが、当院では診療が終わった後に終礼というのがあり、その日の診療を振り返るのと次の日の患者さんの診療の打ち合わせをしておくわけです。

月曜日の終礼の時に火曜日の予約を見ると外人の初診が入っとる。

「これなに?」

「なんか、〇〇さんの紹介で、歯が欠けたそうです」

当日、朝から微妙に緊張するわけですよ。

ま~た、錆びついた英語喋らなあかんわ。

外人が嫌いではありませんが、僕、基本的にシャイで人見知りするので、外人みたいに陽気にアクションや表情豊かに話をするのが大の苦手なのです。

それに外人は日本人なら我慢するような多少の痛みにも敏感に反応します。

めちゃくちゃ気を遣うのよ。

 

で、午後に付添いの日本人女性と来院されたその方は、若く見えますがそれなりのご年齢でして、話を聞くと、昨日バガヴァンのウェブダルシャンでディクシャを受けている最中に歯が欠けたとのこと・・・・・。

え~っっっつつ!?

あなたそういう人ですか?

チャネラーだそうです。

現在、一緒に来られた女性の家を拠点としてセッションをしておられ、自宅はマウイなんだけど、そんなことしながら世界中を周っておられるそうです。

 

付添いの方の通訳のお蔭で、僕の錆だらけの英語もそう活躍することもなく、また治療も自分でもどこをやったのか分からないくらいきれいに出来たので、えらく喜んで帰られました。

でも、僕は疲労困憊しましたので、こりゃ仕事終わったら飲みに行こうと、居酒屋に一人で行ったわけね。

カウンターに座って飲み食いしていると、しばらくして外人男性と日本人女性のカップルが入ってきました。

ま~た、外人かいな、と思いながら観察していますと、女性がトイレに行っている間に外人男性の方が日本語で注文をしているではありませんか。

オススメは何ですか?

チキンのオスとメスはどう違うんですか?

などと。

で、女性が帰ってきました。

ほしたらさ、その娘、英語しか喋らんのよ。

見た目、宇多田ヒカルをほっそりしたようなその女性はニュージーランド出身だそうです。

 

アタマ、ぐらぐらの一日でした。

その後、帰って風呂入って屁こいで寝ました、とさ。

2013.1.30