今見たら1週間も更新してない~。

頭の中には色んなメッセージ(といっても歯科分野)あるんですけど、文章にしづらいというのがあってほったらかしです。

きちんと話せば1時間近くかかる話なのですが、これが健康の基本であり、これができてないから皆さん病気になるのよ、みたいなとてもく大切で、でも非常にシンプルでわかりやすく実感しやすい話なんですな、これが。

しゃべって1時間かかる話を書くのって面倒なのよ。

最近は患者さんにそういった指導というか、話ばかりしています。

削って詰めてみたいな、治療行為を基にした医療ばかりをする人は三流やろ、という頭になってきました。

予防と称して歯ブラシ指導ばかりもおかしな気がする。

 

話は変わりますが、昨日は奈良県歯科医師会の学術委員会で新しい年度が始まりました。

法人化されたため今月が年度替わりになったのです。

新人の委員が一人はいりました。

新しい管轄常務が決まりました。

僕の大学の大先輩で、かつてその医院にアルバイトに行っていたこともあります。

「僕、F先生と飲むのなんていつぶりですかね?」

「いやな、僕思うんやけど、よう高田先生(学術理事)は西塔君みたいなのを下においてやってるな」

「・・・・・・」

僕の評価はどこに行っても、歯医者関係じゃなくても、こんなもんです(笑)

 

さて、話戻って、病気というのはそのほとんどが誤った身体の使い方、生活習慣にあるので、本気で健康になりたいという人には金には全くならないけれどお話しています。

その上で最低限必要な所だけ治療する。

正しく指導すると、身体の歪みがとれていきますから、今は一見治療の必要があるように見える部位も、一年後には必要なくなっているかもしれない。

ですから長期的な視点で診ていけるのです。

 

虫歯も歯周病も顎関節症はじめ咬み合わせのトラブルも元をただせば原因はそこにあるので、治療した後に今後悪くしないためにそういったアドバイスがないというのは歯科医療としてあり得ないわけです。

診断とは現状(病名)を言い当てるだけのものではありません。

それを引き起こした本当の原因まで含まないと正しい診断とは言えないのです。

でもそういった話を患者さんにしている歯医者というのを僕はほとんど知りません。

ごくわずか本当の叡智を備えた歯科医が真面目にそこに取り組んでいるだけです。

先日お話した当方の記事にリンクを貼ってくださっている自然歯科さんは、ご自身のHPでその旨のことを書かれており、最初読んだ時はピンとこなかったのですが、今ではよくわかります。

一度にたくさん治さない。

まさしくその通り。

大多数の医者なんかは論外のまだその外の外。

 

医者・歯医者はとかく治したがります。

目の前で即効性があれば、患者さんに感謝されるからです。

そりゃお金も入るし嬉しくもあるでしょう。

でも先ほど述べたように、生活習慣を正せば戻る歪みは戻る。

そうなってから初めて治療すれば良い。

でないと不必要な歯を削ることになるし、必要もない薬を出して中毒させてしまう恐れがある。

 

残念ながらこの話は同業者にほとんど受けません。

情けないことです。

スピリチュアル系のお話会は終了しましたが、そっち方面の、つまり僕の専門分野の話を聞きたいということであれば何人か集まってもらえればお話しますよ。

簡潔にいえば、正しい呼吸の仕方、正しい咀嚼の仕方、正しい嚥下の仕方、そして正しい姿勢についてです。

 

さて本題。

「食の基本」とは、まるで漫画「美味しんぼ」のタイトルみたい(笑)

不食が成立するなら本来人間は食べる必要がない。

でも食べる必要がある人にとってものを食べるとはどういう意味があるのだろうか?

咀嚼って何なの?

 

咀嚼とは異物の自己への同一化の手段。

難しい言い方してますが、そゆことでしょ。

でもほとんどの人はきちんと咀嚼していません。

99%の国民が何回かクチャクチャ噛んで丸呑みしています。

唾液の効用もヘッタクレもあったもんじゃありません。

当然、胃腸に負担をかけるし、そもそも栄養を考えて食事を作っても、ちゃんと吸収しないような食べ方してんだから、食卓の上にたくさんのお皿が並んでいても栄養不足に陥るという皮肉な結果を招きます。

ひと口30回とか50回とか、日本人はやたらと決めごとが好きですが、そんなもん個人差があるのでとにかく食べ物がドロドロになるまで噛むんです。

左右均等に。

 

そうしますと、あなたの食事の量は確実に減ります。

2/3か半分位にはなるでしょう。

それで十分満腹になるのです。

満腹感というのは食べた量で決まるというよりは、どれだけ噛んだか、どれだけ唾液が出たか、つまりきちんと咀嚼したかに左右されるのです。

ですからテレビ東京でやってるような早食いや大食い競争の人たちは噛んでません、飲み込んでいます。

するといくらでもお腹に入るし満腹にならないのです。

 

ダイエットになる?

いえ、その人の適正な量を食べるようになりますし、適正な物を食べるようになり、きちんと栄養が吸収されるようになるので、適正な体型になるというのが本当です。

ですから無駄に太っている人は痩せるだろうし、痩せている人は太るかもしれません。

 

やってみてわかることがあります。

あ、ものを食べるってこういうことなんだ。

感謝と言えば言えなくもない。

ワンネスと言えば言えなくもない。

食べ物をいただくという独特の行為がなんか崇高なものに思えて、決して面倒くさいだとか修行っぽいだとか感じません。

それでもなお、一部の禅宗の中においては食事を調えることと、食事を頂くことが修行の一環になっていることの意味もよくわかるのです。

 

でね、そうすると肉なんて噛んでられないのよ、噛む回数かかるし時間くっちゃうし、疲れちゃう。

一部の葉っぱ類も最後までスジが残って噛み切れません。

そういったものは食べない方が良いのでしょう。

パンなどは噛もうと思っても大して噛めませんし、市販のお菓子などは溶けるのが早いので噛めません。

ということは口の中で溶けやすく”わざと”作ってあるということです(あ~コワ)

 

たくさん食べ物を口の中に入れると当然よく噛めないので、必然的に一箸にのる量が減ります。

いままではトンカツ口に入れて、ご飯放りこんで、味噌汁啜ってたわけです。

無茶苦茶ですわな、はっきり言って。

 

粗食になります。

素食になります。

我々の食べているものの味というのは、食感と調味料(ソース)の総和で決まります。

素材の味など誰も知りません。

生野菜をそのままドレッシングもかけずに食べない限りは素材の味など知りようがないのです。

つまり素材は食感としてだけ認知されているので、豚肉と牛肉や鳥肉との差は味じゃなくて噛んだ感触だけであるということです。

動物は生きた生肉や草をそのまま食べますから、彼らだけが素材の味を知っているわけです。

ですので食感を除いた純粋な舌で味わう味ということになると、かけるソースの差だということ。

 

ただし、よくよく噛んでいくとソースの味は消え、そのうち素材の味がわかるようにはなります。

70回くらい噛んでいけばね。

 

こう考えるといったい、料理って何でしょうね?

いじくり回して結局は素材をグチャグチャにしてるだけじゃないのかしら。

それが成立する理由はね、食というのが心を癒す役割を担わされてしまっているからです。

本当はそうじゃないのに。

いわゆるストレス発散のために美味しいもの食べてホッとしたいっちゅうこってすな。

スイーツと本質的には同じことに堕してしまっている。

 

何度も申し上げますが、きちんと食せばわかること、体感することがあります。

自身の健康のために是非。

2013.6.21