先日タレントの山口もえさんが離婚されました。

ご承知のようにご主人は、無許可営業のキャバクラを経営していて摘発された人です。

それだけではなく、日常生活の様々な場面での出来事で、ご主人のことを信じられなくなったというのが離婚の理由だそうです。

別にどうでもいい話なんですが、少なくとも僕的(スピリチュアル的)にはそれは離婚の理由にはなり得ない。

結婚の何たるかをわかっていない非常に幼稚な理由に思えます。

芸能人の離婚のほとんどがそうです。

考え方の不一致って、今さら何言ってんだ?て感じ。

 

結婚というのは夫婦二人の共同(協同でもよい)創造です。

それは子供も含めた家庭を作るという意味でもありますが、基本はそうではありません。

陽は陰を知るために、陰は陽を知るために、お互いに自分自身を深く知るために相手が必要なのです。

知るためには創造しなければなりません。

目を閉じて何も考えずにいるだけでは、これは宇宙の創造前の状態と同じで、意味がないのです。

我々の思考や発する言葉や、行動はすべて創造です。

自分自身の何たるかを世に示す創造です。

それが様々な形で自分にはね返ってくることにより、感情がわきここり、自分を深く知ることができるのです。

その感情が、そしてもっと自分を知りたいという思いが、次の創造をかきたてます。

 

だから、パートナーが自分の思うように、自分の都合のいいように動いてくれると期待するのはあらゆる面において間違っているのです。

相手をそのまま受け入れ、その状況を体験する以外にない、そのための相手を選んだはずなのに。

結婚生活だって体験です。

相手を信じられないのなら、信じられないという体験を思う存分すれば良いだけなのです。

それをせずに離婚すると、また次に同じようなことがやってくるに決まっているのです。

ただし自分の身体に危害が及ぶような場合(ドメスティックバイオレンスなど)は話が別ですよ。

そこで暴力を受け続ける必要はありません。

 

家庭の相談事など皆同じです。

娘が離婚しようとしている。

それは世間体からいって思いとどまらせたい。

これは親の完全なエゴであるとともに、ひとつの大きな勘違いがあります。

それは離婚というのが娘の問題でしかないと思っている点。

それを親が外から何とか丸くおさめようとしている。

それは娘だけの問題ではありません。

娘がそうなったのには理由があって、それは両親との親子関係以外にあり得ないのです。

そしてその母親なり父親は、娘が離婚しようとしている親としての体験をしているのに、それが皆さんわかっていない。

単なる娘の問題(わがまま)だとして片付けようとするから話はこじれる。

こういうスタンスだと、娘は親から気持が離れていくし、腹がたって当然でしょう。

 

息子が引きこもりで、家庭内暴力を振るう。

こういう相談はすべて、親として(恥ずかしいので)どうしたら息子が普通になるでしょうか?ときます。

アホかいな。

それは息子さんの問題じゃなくって、親の問題なんですよ。

もちろん両親に原因があってそうなるのですが(良い悪いではない)、今言いたいのは、息子さんが引きこもりである親としての体験をしているのだ、ということです。

それを息子を親の思うように変わらせようとする。

こりゃ全然わかっとりません。

 

子供がある朝、学校に行きたくないと言いだす。

「どうして行きたくないの?」と普通は聞きます。

それまでにいろんなサインがあったはずなのに見逃していたわけです。

子供としては正直に言いづらいでしょう。

そこで親は次の言葉を吐きます。

「学校行っとかないと、勉強が遅れたらあとで自分が困るよ」

この時点で子供は心を閉ざします。

「結局、お父さんやお母さんは私の心配をしているんじゃないんだ」と気づきます。

まずは子供の気持ちを理解することが大切。

学校に行かせるか休ませるかなど、後から考えれば良いのです。

 

これらの問題は、すべて子供の小さい時の親子関係のある出来事が引き金になっていることがほとんどなので、正しくはそれを探し出して、皆の前において皆で見つめるという作業が望ましい。

すると子供だけではなく親も癒されます。

それから改めて家族の共同創造が始まるのです。

これが本来のホ・オポノポノなのでして、「ごめんなさい、愛してます、ありがとう」みたいな言葉を唱えていたら事態が好転するというのは、そこから派生した亜流にすぎません。

 

心は半分屋久島に飛んでいるワ・タ・シ

2011.9.5