屋久島の宿はインターネット環境がないので、明日より3日間は更新がありませんのであしからず。

せっかく中央開催に戻るのに、競馬もできない。

 

さて、意外に思われるかも知れませんが、僕は自分に自信がありません。

例えば他人にすごく信頼されて頼って来られたら、「なんで僕なんかに・・・」と思ってしまいます。

仕事でも同じで、当院がいいという話を聞いて初診で来られた患者さんに対しても「どうしてうちなんかに・・・」という考えが浮かびます。

これは癖のもので、なぜかしら瞬時にそういう考えが頭に浮かぶのです。

もちろん、仕事そのものに関しては自信があるつもりですが、そういうことではなく自分自身に対して自信がないのだと思います。

あくまでも潜在意識のレベルにおいて。

だから僕は口先が上手いというか、ハッタリかますのが得意なんです(笑)

 

原因ははっきりしていて、僕が帝王切開で産まれたからに他なりません。

その後の出来事はそれを確定的にするための修飾でしかありません。

赤ちゃんは、お母さんの力を借りながらも、自力で産道を抜けてくるということを体験する必要があるのです。

これが「やればできる」という自信を植え付けることになるのですね。

ところが帝王切開でひょいと産まれてしまうと、基本的に他力本願になりやすく自分自身に自信が持てなくなります。

そういう個性として生まれてきたわけですから、いたし方ありません。

 

今、僕は自分自身がそうなのだという明確な自覚もあるし、その原因もわかっているわけですが、さて、僕はもっと自分に自信を持つようにしなければならないのでしょうか?

これは実はここ2,3日で気づいたことです。

でも不思議なことに、例えば昨日話に出てきた小料理屋のママなんかには昔から「西塔さん、もっと自分に自信持ったらええのに」と言われていましたし、妻にも同様のことを言われます(ていうか、昨日も言われた)。

でも、その時には心底わからなかったのです。

今は、完全にそうなのだとわかります。

ホンマに今になってやっとわかったんですけど。

 

意識して自分に自信を持とうとすることは可能でしょうし、仕事や他のことに関してもそれだけの努力はしているつもりです。

だから根拠のない自信ではないのですが、僕は自然体がいい。

自然にそうなるまで待ちたいのです。

そして近々、僕の自信が試される時がやってくる予感がします。

「おまえは、さあ、どうなのだ?」と聞かれる時が来るのがわかります。

その時、僕はどうするでしょう?

やはり逃げるでしょうか?

それとも出たとこ勝負でその舞台に立つでしょうか?

今のところわかりませんが、これが人生の大きな分かれ目になる気がします。

乗り越えられない試練は与えられないのであれば、当然立ち向かうべきなんでしょうね。

 

秋から冬にかけてが本当に楽しみ。

本日の日付、最初の20を取ってしまえば、1199。

1(位置)の強調形と9(極まる)の強調形が並んでいる。

つまりスタートとゴールを結ぶ日のようです。

また、何かが変わっていくのかな?

2011.9.9