考えてみれば、もし本当にあんなふうにお腹にいる時に明瞭に周りの声が聞こえているのなら(ていうか聞こえてるんですけど)、すでに子育てが終わった人、あるいは僕のように子育て真っ最中の大人にとっては冷や汗ものです。

中には妊娠中に自宅あるいは隣家が火事になり、その火のメラメラという音を聞いたのを記憶している子もいるくらいですから、大声じゃなくっても聞こえているということです。

むしろ大きな声で語りかけられるとうるさくって迷惑だそうですよ。

 

一昨日の講演会のあった夜にその話を妻にしたので、昨日妻は子供たちに聞いたそうです。

「あんたら、まだお母さんのお腹にいた時のこと覚えてる?」

「う~ん、もう忘れてんなぁ」

で、話しだしたのが胎内記憶ではないんですが生後間もない時の記憶。

慧は寝ている時に長女の藍に抱っこされるのがすごく嫌だったそうです。

うちは外出時は紙オムツでしたが、家では布オムツで、お尻が汚れたらお茶をしみ込ませた綿で拭いていたのです。

慧は紙おむつが時々パリパリとお尻に擦れて痛かったとのこと。

フウさんは、お尻を拭かれるのが嫌だった。

 

昨日は書きませんでしたが、おしっこやウンチをしたからといって人前でサッサとオムツを換えようとしますが、これは赤ちゃんの人格無視も甚だしいのです。

やるにしても、とにかく話しかけて赤ちゃんの了解をもらってからするべきなんですね。

池川先生もおっしゃっていたのですが、僕たちだって街中でいきなりパンツ脱がされたら嫌でしょ?

大人はとかく赤ちゃんを可愛いオモチャのように考えたり扱ったりしがちなんですが、それではダメだということです。

昨日も言いましたようにお腹に宿った時点から、一人の人格を持つ者として扱わなければなりません。

こんなこと今まで誰も教えてくれへんかったよなぁ。

 

慧はその後、誕生前記憶も話してくれました。

雲の上からすべり台に乗ってお母さんのお腹に入るのですが、その時うちの妻の他にもう一人の女性が候補として彼の中でいたんだとか。

ところがその女性には息子がおり、そこに生まれていけば、そのお兄ちゃんとはずいぶん年が離れてしまうので面白くないと思ってやめたのだとのこと。

数多くのすべり台がズラーッと並んでおり、それぞれが特定のお母さんのお腹とつながっているので間違えないようにしないといけないそうです。

 

今朝布団で寝ていたら、朝6時に起きるフウさんと慧が階段を降りながらしゃべってるのが聞こえます。

「慧、あのな、きのうな、ちょうどこの辺にな、このくらいの小さな白い玉みたいなんが見えてんで」

オイ、オイ、オイ、オイ、オイ・・・・・。

そのことを後から嫁さんに言うと

「うちに遊びに来る子みんな見てるよ」て。

実は僕も昨日寝ようと思って布団に入ろうとしたら、毛布の端に光が見えたんだよなぁ。

 

奈良は昨日は雨が降っていましたが、今日は雲が多いけれど晴れ。

完全に秋の空です。

フウ達は本日、小学校の運動会。

僕は昼休みに見に行きます。

そして明日はいよいよ秋のG1シリーズ第一弾。

第45回スプリンターズステークス 中山競馬場 芝1200M G1

昨年は、なんばパークス地下の場外馬券場にいました。

僕の軸馬はなんと進路妨害で降着。

このバカ馬は今春の高松宮記念でも降着になりよりました。

このバカ男(わたし)はまたしてもその馬を軸馬にしておりました。

今年の予想は、3枠からの変則ゾロ目。

もう一頭は牝馬。

 

~ そして秋 ~

眩しい浜辺 駆けながら

君と育てた 想い出が

小さなノート こぼれたら

秋  秋  そして秋 ♪     詩 水本 創矢

2011.10.1