みんな生まれてくる親を選んでくるというのは、なんとなくわかるけれど、それでも虐待する親をわざわざ選んでくるというのはどうにも納得できないという人もいらっしゃると思います。

天国から親を選ぶとき、天使たちは「僕だったらあのお父さんとお母さんを幸せにできる」と確信して決めてきます。

で、実際にお母さんのお腹に入ってみると、聞こえてくる音はなんだかゾッとするようなものばかり。

だんだん後悔というか不安が大きくなってきます。

「やっぱり生まれたくないっ!」

そう思う魂は結構いるのです。

 

そのような中途半端な状態で10カ月が経ち、いざ生まれるという時に躊躇してしまう。

こういう場合、魂の一部が四次元というか幽界というか、あまりどれも正しい言い方ではないけれど、まあそういう所に引っかかってしまうことがあります。

そういう人たちは往々にして霊が見えたり、他人の心を読んだり、時空間を超えて物を見たりするのです。

ですから霊能力がある人というのは実際は生まれる時にすでにトラウマを抱えており、魂が100%肉体にしっかり宿っていないといえます。

決してスゴイわけじゃないんですよ。

こういう人たちはその後、結構苦しみます。

見たくもない他人の人生や霊が見えるなんて、その立場になってみればわかりますが、御免こうむりたい類のもので下手すりゃ発狂しそうになりますよ。

成人してからもその能力?を活かさざるを得なくて、仕方なくスピリチュアルの世界に生きている人も多いのです。

 

現在苦しみの渦中にいる人にとって、すべて自分が選んできた人生だなんて納得しがたいでしょう。

ずっと社会や家族の被害者として振る舞ってきて、はっきり言って性格も複雑になってきますし、物事に感謝する心も失われて久しい。

それなのにすべて自分が原因だなんて!

そこで表題の言葉が出るのです。

本来両親や社会で苦しんでいる人たちを助けようと思ってきたのに、自分も同様に、あるいはそれ以上の犠牲者となってしまう。

自殺すればどうなるかというのと同じで、こういう人はこの現世で地獄を作り出してしまっています。

地獄にいる人に言葉は通じ難い。

「シャングリラからの伝言」のようなメッセージは全く無効です。

メッセージというのは聞こうとする人が聞けるのであって、聞こうとしない人には届きませんし、単なる雑音です。

 

当院には県外から個人セッションを受けに来られる方もいらっしゃる一方、通院中のお近くの患者さんであっても置いてある本を手に取ることもなければ、僕に何かを聞くわけでもなく、ただ治療を受けて帰られる人がほとんどです。

そういった人の中で、悩みを抱えている人も少なくないし、僕から見て「この調子だとお子さんはつらいだろうなぁ」と思う人もいらっしゃいます。

でもその本人たちは当院において助けの手を求めようとはしません。

何も見えていないし、自覚すらないのです。

当然こちらからお節介することはないのですが、人はそうしたものだということです。

 

僕は整体のM先生のところへ行く時に、いつもその前にある喫茶店に入るのですが、一昨日はそこのママさんに相談事をされました。

ご主人が首が痛くて非常につらそうなんだけれど、本人はすごく頑固で東洋医学的なものや不思議系のものを信じないし、大嫌いなんだとか。

だから歯科医である僕がM先生のところへ信頼を持って定期的に通っていると言えば、ご主人はM先生の所へ行ってみようという気になるかもしれない、というわけです。

僕は次のように言いました(サンケイスポーツ読みながら、笑)。

「そんなもん、本人がその気になるまで放っときなはれ。本人がどうしてもツライて言うて来たら紹介したげたらよろしい」

 

その場所に執着して居続けたい人を引きずり出すことはできません。

僕の言うことはいつも同じ。

「飽きるまでそのままやり続けなさい。もう十分と感じたら、その時にはいつも救いの手が目の前にあったことに気づくでしょう」

すべてが自分の創造物なのなら、おわかりでしょうか?その手もヒーラーやメッセンジャーの手じゃなく、自分の手なのです。

2011.10.8