蛍雪時代 ~懐かしき級友たち~
賢明な読者は予想済みでしょうが、土曜日の夜に同窓会があるのなら、日曜日のブログの更新はない可能性が非常に高い。
そう思ったあなたは正しい(笑)
仕事が終わってかけつけた道頓堀ホテル。
東大阪市立長堂小学校昭和49年卒業生同窓会。
ちょうど10年前に第一回が開かれ、僕は知らなかったのですが5年前にも70名ほどが参加した第二回があったそうです。
これが返す返すも悔しいのですが、それについては後述。
今回は「西塔君、どうしたん?」というのは特になく、無事に着席できました。
昔すごくすばしっこかったヤツが、今はどうみても50mも走られへんような体型になっとる。
僕は早生まれなのでまだ49歳ですが、ほとんどの同級生は50歳です。
一般的には立派な中年のオッサンとオバハンです。
10年前に「あ、こいつ綺麗になってるやん」と思った女は、およそそのままではあるものの、肌と化粧に若干の乖離がありました(笑)
さて、ここで白状しなければならないことがあります。
僕は小学5年生くらいから、クラスの女子に今で言うところのセクハラをしまくっていました。
スカートをめくるなんてのはごく当り前で、後ろから忍び寄って両方の胸を揉むなんてことが毎日のように行われていました。
小学5年生といえば早い子は胸が膨らみはじめます。
結構大きな子から、そうでない子まで。
クラスで確か4,5人をターゲットにしていた気がします。
ところがね、皆さん。
決して褒められたことじゃないけど、例えばそこで僕が「俺は〇〇の胸は揉まん!」とか言うでしょ。
そうするとね、その揉まんて言われた女子は「なんで西塔君、わたしだけ揉んでくれへんのん?」と言って泣くんですよ。
よくわからない乙女心というやつです。
こんなもの、今だったら相手の親が黙っちゃいませんが、当時はそんなことを親に言うやつもいませんでした。
これがなんとなく許されていたのは(許されてないか、笑)、当時の僕は成績が良かったからかもしれません。
ということを一部始終覚えていた男がいました。
彼は小学5年の時に転校してきたらしいのですが(男のことはよう覚えてない)、僕が教室の後ろから猛ダッシュで女子のところへ行き、思いっきり胸を揉むのを見て「こいつ、スゴイわ」と感動したそうです。
なかには「そういや西塔、昔ヴァイオリンやってたよな?」と触れられたくない過去を触れてくるやつもいました。
3時間があっという間に過ぎ、カラオケボックスに移動。
その後、8人ほどで3次会のスナックへ。
その後、僕と先ほど僕のことを尊敬したと言ってたやつと二人でキッチンニコへ。
他の人は別の店に。
さあ、ここです。
僕は最近酔っ払うと必ず怪我します。
現在僕の左頬には、パッと見には喧嘩したとしか思えない傷があります。
もちろん喧嘩じゃありません。
たぶん、ニコの2階へ上がる時に下駄箱かどこかの角にぶつけたんだと思うんです。
わりと出血しました。
おしぼりが血で染まったくらいですから。
ええかげん、気をつけんとあきません。
しかし、気をつけられるくらいやったらとっくに気をつけてるわけです。
もう日付が変わったというのに、そこでチューハイとモツ鍋、カツとじ、スパゲッティナポリタンと濃いもんばっかり頼みました(どこらへんがマクロビやねんっ!笑)
この時一緒にいた彼は僕のことを「ちゃあちゃん」と呼んでました。
何でそう呼ぶのかというと、昔そう呼んでいたからだそうですが、一向に記憶がありません。
そのうち、お勘定して他のメンバーと合流すると、この彼と写真屋やってるI君が口論を始めました。
女の子達は皆、止めに入るのですが、僕だけ「とことんやらしたら?」
すると女子に白い目で見られ・・・・・。
なんやかんやで楽しい同窓会でした。
さて、ここで一人皆さんにご紹介しておきたい男がいます。
名を中瀬考富君といいます。
元々実家がケーキ屋さんで、彼もパティシエになったのですが、どうしても田舎に行きたいということで、本当にド田舎に行ってしまいました。
ここで彼はたった一種類のパンを作っています。
もう随分前になりますが、何気なくテレビ東京の「日曜ビッグバラエティ」みたいなやつを見ていたら、宇陀の室生のそのまた奥の方でパン屋をやってるヤツがいる。
よく見たら、昔遊んだ中瀬じゃありませんか。
彼はまだその頃、始めたばかりで、パンを焼いては近所の農家に配り、お返しに米や野菜をもらって生活していました。
画面越しに久しぶりに見る彼は、そのような苦労にもかかわらず非常に穏やかないい顔をしていました。
それからまた数年して、今度はお取り寄せ特集みたいな番組で、宅配専門の田舎のパン屋さんとして紹介されていました。
すでにパートを何人か雇っており、とりあえずは順調そうで安心しました。
今回、小学校卒業以来はじめて中瀬君と直接会うことができ、遠いから早く帰るのであまり喋れなかったのですが、すごくうれしかったのです。
よろしければ一度、買ってみてください。
お願いいたします。
現在カフェを作っている最中みたいで、出来たら家族で行ってみよ。
今回もうひとつ楽しみにしていたのは、小学校3年か4年の時に転校していった学年一の美少女に再会することでしたが、残念なことに欠席というか連絡がつかなかったみたいです。
5年前の同窓会には来ていたそうで、それが悔やまれてなりません。
連絡先を知りたいと幹事も言っていたので、名前を出してもOKだと判断しますが、旧姓、糸川由香里さんといいます。
いまだに覚えているんですが、彼女が教室の前で転校の挨拶をし、家に帰っていく姿をちょうど席が窓側だった僕はずっと目で追っていたのでした。
もう会えないんだと思うと、すごく切なかったです。
もちろんね、付き合ってたわけじゃないのよ別に。
もし今会えたら、「あの時ジブンのこと好きやってんで」と言いたいです。
僕たちの小学生の時の認識では彼女の家はお金持ちだったように思います。
ある時、僕と糸川とクラスの悪ガキの3人しか教室にいないことがあって、そいつが彼女の持っていた水筒を何かしてわざと壊したんです。
その時にそのボケは「どうせお前のとこ金持ちやから、すぐ新しいのん買うてもらえるやろ」と言いました。
それを聞いた彼女は言い返すこともせず、ただ寂しげな顔をしただけでした。
その顔がいまだに思い出されます。
幸せになっていて欲しいと切に思うのですが、はたしてどうでしょうか?
会いたいなぁ。
蛍雪時代とは僕らがたしか小学館から出されていた「小学〇年生」という雑誌を買っていた当時、高校3年生用に出版されていたものです。
今となっては蛍雪という意味すら知らない子供たちが多いでしょうね。
2011.11.7