母の手 柳原能婦子氏講演会
一昨日は新大阪のホテルで柳原能婦子氏の講演と施術体験会がありました。
柳原さんは愛媛県で施術士をなさっています。
僕はこの方のことを全く存じ上げませんでしたが、例によって加治将一氏を紹介してくださった僕の2級天使こと柴田さんから柳原さんの本を紹介され、ネットで調べたら大阪で講演なさるということで申し込んだのです。
身体のある部位には、身体全体に対応した特異点(ツボ)を持つところがあり、手や足、耳や顔の他に歯や歯ぐきもそうなのです。
口の中というのは唾液があり、この唾液というのは自律神経の状態をよく表すので、その人の心の状態、それも結構深い部分がわかったりします。
かつて僕は全身の骨格や筋肉調整をしてから咬み合わせを診るということをやっていた時期もありますが、今はそういうことはしません。
ひとつには咬み合わせをきちんとやっていれば、少なくとも咬み合わせが関係した範囲において調整されるべき骨格・筋肉の異常は自動的に変化すると思うこと。
もうひとつには、歪んでいる身体の場所を手技療法により元に戻したとしても、そこが歪んだ本当の原因がわからなければ結局元の木阿弥になってしまうということがあります。
これは整体のM先生の所へ通っていれば誰だってそう気づくようになります。
だから通常の整体やカイロなどに行ったところで、一週間もすれば元に戻ってしまうことが多いのです。
この講演会を企画したのが、とあるエネルギー関連グッズを開発・販売している会社なのですが、僕はこの手のものが大嫌いなので午前中にあったグッズの説明・体験会はパスしました。
そして午前の部が終わった頃に会場に入ったのですが、まあその部屋のエネルギーのひどいことといったらありませんでした。
なんじゃ、これはぁ!と思うくらい。
僕が気分悪くなるというのはよほどのことです。
壇上の机の上には、そこの商品である斜めになったピラミッドがクルクル回っていて、こいつがアカンのか?とも思ったのですが実はそうではなかった。
講演が始まり、柳原さんが話し始めてしばらくすると場のエネルギーはきれいになっていきました。
アレ?
僕が想像するに、午前中の最後に喋っていた気功士の方の悪い気がそのピラミッド型のエネルギー増幅装置で会場中にばら撒かれていた気がします。
気功士を名乗る人は、多くの場合、自分の気で治そうとします。
もちろん本人は宇宙エネルギーを取り込んでそれを相手に流しているだけだと頭ではわかっているのですが、それにより例えば癌が消えたり、歩けなかった人が急に立って歩けるようになると、やはり自分の力だと勘違いしてしまうのですね。
実際問題、身体にトラブル抱えている人は、ネガティブなエネルギーを併せ持っていることが多いです。
それは他人の生き霊(恨み、妬み、嫉妬など)だったり、自分で自分を攻撃するものだったり。
その負のエネルギーを気功士はもらっちゃうのですね。
会場にいたその気功士を見ても、すぐにそれはわかりました。
顔がね、歪んでくるのよ、間違いなく。
こういう自力で気功をするようなタイプの人は、定期的にどこかで禊というか自身の浄化を図らなければならないのですが、やってないのかな?
気功士本人はどこがやられるかというと、ほとんどの場合において心臓です。
ハートがやられてくるのですよ。
ここで少し柳原さんが施術士になったきっかけについてお話ししておきましょう。
ある時、中学一年だった娘さんの耳が突然聞こえなくなりました。
さあ、大変です。
あちこちの医者や病院を回りましたが一向に良くなりません。
でも昨日まで聞こえていたわけですから、何か原因が必ずあってそうなったわけです。
それさえわかれば絶対に治る。
その後、柳原さんは自力で猛勉強されました。
とにかく関係しそうな本を片っ端から読み、専門医にわからないところを尋ね、いろんな療術を試してみました。
とにかく必死です。
それに関して柳原さんは次のようにおっしゃってました。
「だってわたしが産んだ娘だから」
母の愛ですね。
その甲斐あって最終的には娘さんは耳が聞こえるようになったのです。
さて、娘さんが20歳になったある日のこと、柳原さんは息子さんと一緒に何気なくテレビを見ていました。
その時やっていたのが「20歳にして立つ」という内容の番組。
どういうことかというと、小児麻痺の女性が20歳になった時に、初めて自分の力で立つことが出来たという話です。
その自力というのも、寝ている彼女を周りの人が引っぱりあげたら、あとは自分で立っていられるといったものでした。
奇しくも彼女は生まれ年も月も柳原さんのお嬢さんと一緒。
おまけに下の名前も漢字まで一緒なのです。
柳原さんは誰に言うとでもなく「ああ、同じ名前で誕生日もよく似ているけど、うちの子は治って良かった」という意味合いのことをおっしゃったのです。
これを聞いていた次男さんは「お母さんは自分の子供でなかったら、どうでもいいのか?可哀想じゃないのか?よその子供ならほっといていいのか?」と涙をいっぱい浮かべ、顔を真っ赤にしてものすごい剣幕で訴えたそうです。
これには柳原さんの方がびっくりしました。
そしてこれをきっかけに、他の難病に苦しんでいる人たち、医者に見放された人たちのために、何か自分が役に立てることはないかと更に研鑽をつまれ施術士の道を歩んで来られたのです。
外傷とか感染症とかは別として、医者が病名をつけるようになるまでの間、つまり未病の間に必ず身体はサインを出しているはずなのです。
それを読みとって早めに手当てしてあげれば、未病が正常に戻ることも多いのです。
柳原さんは難病の方が少しでも良くなって社会復帰できるようにと努力されてこられましたが、このように未病の状態を本当の病気にしないようにという点にも注意を払っておられ、そのことを我々に喚起しておられます。
僕が一番印象的だったのは、施術体験をされた方がその場で状態が良くなって、柳原さんが「これは誰のお蔭?誰がすごいの?」と聞かれた時のことです。
会場からは「柳原先生」という、まあ当然の声が。
でも、それが出題者の意図でないのはすぐにわかります。
柳原さんは次のようにおっしゃいました。
「違う。親よ。こういうふうに治ってくれる身体が偉いし、そういう身体に産んでくれた両親が偉いの」
痺れるなぁ・・・・。
自分で第一頸椎から第七頸椎までの歪みを治すやり方や、自分で身体のどこに梗塞(血管の詰まり)が起きかかっているか知る方法、そしてそれを消す方法などを教えて頂きましたが、何と言っても講演を通して僕たちに最も強く響いてきた柳原さんの核心はやはり「母の手」でした。
どんな人にでも、たとえ誰であっても、その人が自分が産んだ子だと思えば、時に厳しく、時に優しく、しかし貫くものは母の愛であるという感覚。
それをこの手で表現する。
撫でる、擦る、揉む、とにかく愛に裏打ちされたスキンシップです。
最近の母親は子供を自分の慰みものにしている人が多い中、なかなかお目にかからないタイプの本当に素敵な女性でした。
この出会いを作ってくれた2級天使に、またまたありがとうですね。
2011.11.25