日曜日に開催された奈良臨床歯科医学大会において、「Child Abuse」に関しての発表が3題ほど続いてありました。

Child Abuse というのはいわゆる子供の虐待のことなのですが、虐待というと非常に残酷なイメージになってしまいます。

本来Abuseという単語には虐待の他に乱用、濫用、誤用という意味があり、その実態を鑑みるに「大人(親)が自分の大人としての特権を誤用して、子供を正しく扱わないこと」の方が良いのではないかという意見がありました。

子供の不適切な扱い、が正しい言い方ではないかということです。

これは一理ある話でして、全くもってその通りだと思うのですが、面倒くさいのでここでは通例に従って虐待でいきたいと思います。

でも、「子供の不適切な扱い」が正しい表現だとすると、ほとんどの親が当てはまるのではないでしょうか?

僕だってかつてはひどいものでしたし。

 

さて、「どうすれば虐待が防げるか?」という問題に対し、いかにして今起こっている虐待に早く気づき福祉課に知らせて適切な処理をしてもらう、というのが一般的でしょうか。

要するに虐待を防ぐというのが、それ以上深刻化させないという意味になってしまっており、根本的な解決ではありません。

適切な処理とは親との面談ののち、必要なら一時的に子供を預かる、などでしょう。

面談にすら応じない親には手が打ちづらい。

我々歯科医は子供に多数にわたる重度の虫歯がみられたなら、ネグレクト(無視、育児放棄)の可能性を疑います。

そういった意味において、歯科の方が医科よりも虐待に気づきやすいと言われます。

 

しかしながら今ある虐待を続けさせないという案はあるのですが、根本的に虐待をなくす、そもそも虐待などをしないためにどうすれば良いかというと、現在の社会事情ではかなり困難な気がします。

奈良県では現在「虐待予防マニュアル」なるものを作製中だそうで、いかなるものか興味がありますが、例え専門家の意見であっても多くは非常に表面的です。

親が虐待をする唯一の理由は親が自分の親に虐待をされたからに他なりません。

親の愛を知らずに育ったからです。

そこをまず大前提として考えないと、どのような議論もナンセンスでしょう。

 

どうして考えないのかというと、それを論じている専門家たちの頭の中に”愛”という概念がないからです。

つまり議論を戦わしている人たちも、愛の欠落という意味において、虐待をしている親と大差がない、同類項じゃないかと思うのです。

そんな状況の中、施設や行政との連携を密にとるなどと言われたところで、たちの悪い冗談でしかありません。

 

妊娠中の母親やそれを見守るべき父親に愛について考えてもらう、その存在に気づいてもらうこと。

そのために、池川明先生の「胎内記憶」は格好の材料なのです。

虐待を受けて育った親は、確かに自分の親から愛を受け取らなかったかもしれません。

(この世界のものはすべて愛だ、という話は横に置いときます)

だからといってその親が誰にも愛されていないということではない。

愛されてなかったら赤ちゃんなんか絶対に授かりっこありません。

それこそが愛の証なのです。

でも親にひどい仕打ちをされた親は、愛というものを信じられなくなっているのです。

そこにアプローチしないといけません。

 

歯科医も妊産婦検診とかで何かしら出来ることがあるはずです。

でもどうしても人を診る際に、身体にばかり焦点が当たり、こころは置き去りにされがちです。

そんなの医療じゃないでしょうに。

おかしいよね。

 

うちの医院でこういうことがありました。

安定期に入った妊婦さんの虫歯の治療をするのですが、普通なら麻酔をして神経を取るくらいの深い虫歯でした。

こういった場合、まずは麻酔をせずに虫歯を削っていき、もしどうしても我慢できない位痛ければ、かえって体に悪いので麻酔をしましょう、とお話して同意の上に進めていきます。

それともうひとつ大切なこと。

それは赤ちゃんに心の中で話しかけることです。

お母さんのOKがもらえれば、お腹に手を当てることもあります。

こちらの問いかけにお腹を蹴って答えてくれたりします。

そして、赤ちゃんにうまく治療できるようにお願いしながらやっていくと、あら不思議!

虫歯は神経のごく近くまで進行していたにもかかわらず、一切麻酔せずに削って治療できたのです。

ちょっと感動モノでした。

 

先日お越しになった妊婦さんはそれほど深い虫歯ではなかったけれど、通常なら麻酔をするような虫歯の治療をやはり無麻酔で出来ました。

かくのごとく、赤ちゃんというものはお腹の中からお母さんのことを一所懸命守ってくれているのだと確信する次第であります。

サイドメニューにも書いてありますが、子供は親の映し鏡を演じてくれます。

親の心の捉われを命がけで映してくれるのです。

それこそが愛でなくてなんでしょうか?

こういうことを伝えていきたい、というかもう現実には「胎内記憶」を例にとり妊産婦さんにはお話しています。

保健所の妊産婦検診でこういうことを話したら全然変わると思うんだけどなぁ。

2011.11.29