今年の年賀状に僕は「2012年 シャングリラからの伝言は 世界を駆け巡ります」と書きました。

もらった人は何のこっちゃわからなかったと思いますが、実は根幹となるメッセージをYOU TUBE にアップしようと考えています。

平山由紀子さんの「地球人のためのスピリチュアルレッスン」の動画みたいなことを、僕が発信しようというわけです。

もちろん和英両方で。

日本語の原稿はすぐに出来たのですが、英語の方がなかなか。

僕はどちらかというと英語が得意な方でしたので(あくまでも受験レベルの話)、書くことに別に問題はないのですが、こういう面倒くさいことはギリギリまで放っておくタチなので、昨日の夜11時位から始めて終わったのが朝の5時前。

なんのギリギリかというと、現在通院中の患者さんでニュージーランドの方がいらっしゃいまして、この人英語は当然ですが日本語もペラペラなのであります。

こちらの中学校などで不登校児のカウンセリングなどをされているくらいですから。

年末に「ちょっとコレコレこういうわけで、僕の英語の添削してもらえませんか?」とお願いしたところ、返ってきた返事が「いいっすよ~」

その人が今日、最後の治療に来られるというわけです。

 

久々に一夜漬けで冬休みの宿題した気分。

僕は英語であってもほとんど日本語と変わりないくらいサクサクとパソコンのキーを叩けますが、さすがにこれだけたくさんの文章を英語で打つのは超久しぶりなのでミスの連発。

うまく右手と左手が連動してくれなくて、例えばthe を teh と打ったり。

その後最後まで入力して見たら間違ってるので、バックスペースキーでダァ~ッと消すわけです。

ああしんどかった。

 

昨日の歯科医師会での症例検討会は結構盛況で約30人弱が集まりました。

これ考えたらすごいことでして、どこかの著名な先生の講演とか、有名なスタディグループの集まりとかではなく、歯科医師会内でのこういった集まりは通常低く見られる傾向があります。

そんな中でこの参加者の数は主催者側とすればうれしい限りでして、次回はもっとたくさんの人に来てもらえるように努力しようと思うわけです。

 

ただ、発表を聞いて僕が感じたのは、今回のテーマはインプラントだったから仕方がないのかもしれないけれど、どうも歯科界の最近の傾向として予知性(確実な予後のこと)という名のもとに、助けようと思えば助けられる歯が抜かれインプラントにとって代わることが多いようです。

僕はこれには非常に抵抗を感じます。

別に良心的な歯医者ぶっているわけではありませんが、こういった時いつも故片山恒夫先生の「あなたたち医者でしょ。歯を助けるのが医者の役目じゃないんですか。だったらなんで抜くの?」という言葉が脳裏をよぎります。

なにか、違うんじゃない、と思います。

 

その原因のひとつに、入れ歯の問題があると考えます。

歯が無い所に何を入れるかというと、通常ブリッジか入れ歯かインプラントかという選択です。

ブリッジは抜けている部分の両サイドの歯を削らないといけないし、支えとなる歯にはかなりの負担がかかるので、長期的には大体良い結果を生まないことが多いです、経験上。

入れ歯はどうしたって、バネもあるし、バネをかけている歯は傷むし、そんなに何でも噛めないし、というのがあるので、どうしたって患者さんに噛む喜びを与えようと思うとインプラントになる。

でも当院ではMTコネクターや僕が勝手にワンネスデンチャーと呼んでいるものがあり、患者さんに対していろんな選択肢を示せます。

もちろんインプラントとそれらを比べてどちらがよりしっかり噛めるかと言われれば、そりゃインプラントなんですが、それでも一般的な入れ歯に比べれば格段に違います。

もっとそれらが歯科界に浸透すれば、多くの患者さんがたくさんの選択肢の中から自分に合ったものを選べるのにと思うのですが。

 

さて、先月に東京で加治将一氏と柴田さんと一緒に会食をした時に、僕はお二人の話を聞いてはいるんだけれど、不思議なことに僕が体験しているのは僕自身であったということを書きました。

最近、読者の方とのメールのやり取りや個人セッションでのお話やヒーリング、そして患者さんと接していて感じるのは、僕は相手の方を体験していると同時に、その方に対する自分自身も体験しているということ。

ヒーリングをしていても、相手の悩みや苦しみというのは確かにわかるし、癒してあげたいと思うのですが、それ以上に単にその相手をそのまままるごと体験している自分がいるという感覚なのです。

 

患者さんにしても同様でして、いろんな方がおられますし、どのような方でもその方にとって最善のことをして差し上げるべく診療しているつもりですが、いわゆる自分の中の理想的な治療というのがあるわけです。

でもコンサルテーションをしていても、こちらは客観的な資料を提示し患者さんが検討しやすいようにするだけで、インプラントならインプラントに導いていこうなどという気がさらさら起きなくなりました。

そして治療そのものよりも、ただ患者さん自体を体験している僕がいます。

そしてそういう僕を体験している僕がまたいたりします。

なんだか不思議な感じなんですね、これが。

2012.1.16