インプラントの功罪
テレビの報道を見てこういう記事書くの嫌なんですが、今朝ダメ押しがありましたので書くことにします。
一昨日のクローズアップ現代で「相次ぐトラブル インプラント治療」というのが取り上げられました。
そして今朝の「あさイチ」でも同じVTRを使って、同様の内容が放映されました。
不思議なことに、出演していたNHKの取材担当者は違っていました。
昨年、関東の方でインプラントで有名な歯科医が死亡事故を起こしたり、最近のネット上での過剰なヤラセの口コミだったり、美容関係、歯科関係が今、ターゲットになっている気がします。
とにかくある種の悪意というか意図を感じるわけで、おそらくは裏で厚労省が動いているのではと勘繰りたくなります。
手術に伴うリスクはこれは医科、歯科関わらずあるわけで、医科の方における医療過誤などはその重篤性からいっても、件数から言っても歯科の比ではないでしょう。
ではなぜ、今インプラントなのか?ということです。
問題があるのは認識していますし、トラブルが増えてきているのもわかっていますが、明らかに番組作成に当たって意図が見え隠れするのが気分悪い。
番組では開業医によるインプラント手術のトラブルを大学病院がフォローしているように言ってましたが、日本のインプラント治療をここまで先導してきたのは開業医なのであり、大学病院は長年手を出さずに尻ごみしていたのです。
それはかつて、日本においてまだ黎明期のインプラントを多用しトラブルが多発した経験があったため、口腔外科の教授たちがこぞってインプラントの導入を拒否したからです。
ちなみにその時拒否したインプラントというのは、現在世界的に主流となっている骨と直接結合するタイプのインプラントですが、それを過去の苦い経験を理由に受け入れられなかった経緯があるのです。
例えば僕がかつていた大阪大学歯学部付属病院などは現在独立行政法人ですから、国からの援助など頼れなくって、自力で稼がないといけないわけです。
僕が勤めていた頃は病院は年間に約1億円の赤字で、それを国の補助で補っていました。
さて、今の歯学部病院での一番の稼ぎ頭は何だと思いますか?
癌で入院している患者さんの手術でしょうか?
あるいは歯の矯正治療でしょうか?
違うんですよ。
今、一番稼いでいるのはインプラント治療なのです。
天下の大阪大学ですらそうなのです。
おそらく皆さんは開業医よりも大学病院の方が真面目で丁寧な治療をしていると思われているでしょうが、そうであったとしてどうして保険治療だけでは赤字になるのでしょう?
まずね、この現実があるわけです。
インプラントが経営に大きく貢献するのはその通りです。
ただしいくら自由診療だからといって、やみくもに高い値段をつけるわけじゃありません。
サイドメニューで紹介していますが、大学病院だとて一本40万位するのです。
それはそれだけの経費がかかるし、その裏には海外も含めた研修費がかかるからです。
日進月歩のこの世界ですから、研修はもうこれで良いということは永遠にありません。
ただし、研修会などで僕から見ても「こいつ大丈夫か?」と思うような歯科医がインプラントをやっている事実もあります。
番組で言われていたように業者主導という現実も無視はできません。
通常医科では手術場で、アシスタントとして幾度もオペの見学をするわけです。
その後、トレーニング用の機材を使って練習をし、初めて先輩医師のアシストの元、自分でオペを執刀するという流れです。
歯科でも大学病院ではこのようにしていることと思います。
一般開業医がインプラントを習得しようと思ったなら、まずは業者主催のインプラント専門医の先生の講習会を受講します。
この講習会のレベルは千差万別で、かなりハイレベルなのからそうでないものまであります。
その後、何度か復讐のためにセミナーを受講し、そこで講師のオペの画像や動画を見たりして疑似体験します。
そのまま自院でインプラントをすることもありますし、その際に講師の先生にアシストについてもらうこともあります。
また講師のクリニックへ赴きオペを間近で見学させてもらうこともあります。
日本では法律上無理なのですが、Cadaver実習といってアメリカまで行き、御遺体の頭頸部を使用し練習することもあります。
欧米では云々という言われ方をしますが、こういった場合通常アメリカとかドイツを指すのでしょう。
そういったところでは、一般開業医がインプラントをするケースは少なくて、インプラント専門医(多くは歯周病専門医を兼ねる)が施術するようです。
しかし、それは大学教育も含めた医療のシステム全体が大きく違うからであって、今の日本において開業医がインプラントをすることに問題があるのなら、それはこれまでの医療行政そのものの問題でもあるわけです。
番組の中では歯科医院が過当競争にあり、その中での経営改善のための道具としてインプラントというものが用いられているような印象を与えるものでした。
もうおわかりのように、インプラントは収入も多い代わりにそれに伴う支出も多いのです。
また一生にわたって施術したインプラントに対する責任を歯科医師が負わないといけないのであれば、インプラント治療が楽して儲かるなどとは決して思いません。
クローズアップ現代ではコメンテーターとして小宮山彌太郎先生が出演していらっしゃいました。
最近、開業医がテレビなどに出る場合、もう一方の肩書である〇〇大学歯学部臨床教授とか客員教授というのを使用することが目立ちます。
なんで?
小宮山先生は本来、赤坂にあるブローネマルク・オッセオインテグレーション・センターの所長であります。
日本に新時代のインプラントを紹介導入された草分けであり、その真面目な人柄は受講生を引きつけてやみません。
僕が大学のインプラントのチーフを任されていた時に、博多で4日間のセミナーがあり、もう一人の外人講師とともに小宮山先生に学びました。
その後、赤坂のクリニックにも見学に行きました。
最近では、小宮山先生は学会において、とにかく安易なインプラント治療に対して警鐘を鳴らされています。
皆が、最先端の話を聞きたいと思って参加している中、小宮山先生はほとんどその話しかしないといっても良いくらいです。
僕がクローズアップ現代に小宮山先生の姿を見た瞬間、「あ、これは大丈夫だ」と思いました。
先生は非常に真摯で誠実でニュートラルなスタンスをとられる方だから、そうそうNHKの思うような方向にはならないだろうということです。
こういう場合、視聴者の興味を掻きたてるためには、「こういう事実もあるが、一方でこういうこともあり、物事は多面的に見ていかなければなりません」などという番組作りなど絶対にしないのです。
プロデューサーがあるひとつのわかりやすい方向に向けて台本を書いていきます。
今回の場合でいえば、インプラント治療=危険を伴う(そりゃ当り前だって)、歯科医の金儲けのためにある(アホか)という感じです。
医療事故は当然避けるべきものですが、どうしてもある一定の率で起こってしまいます。
その率をどれだけ減らせるかに腐心するわけで、また不幸にも起こった場合にどう誠実に対処するかが問題なのです。
もうひとつ大変言いにくいことですが、ベテランでもミスの可能性はありますが、そんなレベルじゃない歯科医もいるわけです。
とんでもない歯科医に仮にかかったのだとしたら、それはその先生を信用した方にも責任があるのじゃないでしょうか。
まあ、これは誤解を受けやすい言葉ですが、このブログで今さら表面繕う必要もないでしょう。
インプラントは適切な診断の元に用いられるのなら、非常に素晴らしい治療法です。
これは番組内で小宮山先生もおっしゃっていましたが、議論の余地はありません。
歯科医のモラルなど、個人の問題なのでこりゃどうしようもありませんね。
こういった場合、日本ではやたらと規制を設けるふうに動くのですが、果たしてどうなっていくでしょうか?
最後に、「ワンネスの発見」にコメントくださった源泉さん、当方のミスでコメントを削除してしまいました。
申し訳ありません。
これからも宜しくお願いします。
2012.1.20