〇〇がわからないんですけれど、どうしたら良いでしょうか?

何かアドバイスをお願いします。

 

ハイ、どうしようもないですね。

アドバイスもありません。

 

昨日の悟りの話でもそうなんですが、皆さんすぐ先を知りたがるし、すぐ先に行きたがる。

はるか高い悟りの境地に、生きている間に達することが出来るものならば是非そうなりたいと思うわけです。

その結果、先ばかり見て、今がなおざりになります。

で、結局先に進むどころの話ではなくなり、停滞しまくります。

 

ヘミシンクや体外離脱というものがあります。

そこで高次の存在からメッセージをもらおうとする人たちがいます。

そのようなメッセージがその人のエゴが作りだした尤もらしい幻影でないと誰が断言できましょう?

必要なものは必ず直感で与えられます。

いいですか?必ずですよ。

どっちに進んでいいかわからないのは、皆さんが単に直感に蓋をしているだけの話なのです。

 

もっともっと感じてください。

感じるということを大切にしてください。

そこには嘘の入り込む余地はありません。

だって、そう感じるんですから。

そこに他のものが入りこむ余地などないじゃないですか。

 

しかし考えは違います。

考えは嘘をつきます。

というかほとんどが嘘です。

基本的に防御反応を示します。

どれが得か、どれが楽チンか、どれが他人の目に変に映らないか、どれが良い人に見られるか….etc。

本来考えというものは、まず直感を素直に受け取り、それを具現化する際に使うものです。

ここが大きく違います。

 

「どうしたら良いでしょうか?」という質問は次の質問を生むだけです。

いつまでたってもキリがありません。

その質問の根底には、「どうしたら今いる所(悩んでいる場)から離れられるでしょうか?」というのがあります。

その場を十分体験し尽くさない限り離れられません。

逃げる事ばかり考えていては逃げられないのです。

だから、「どうしたら良いでしょうか?」という質問に、「どうしようもないですね」という答えが返ってくるわけです。

そう、どうしようもないのです。

あきらめてください。

 

仮に僕のようになりたいという勘違い人間がいたとしましょう。

僕は今の意識状態になるのに6年かかりました。

もっと言うなら生まれてからの50年が今の僕を作っているのです。

その間、ずっと「つい、言っちゃった。またやってしまった」の繰り返しで、その度に活かされない反省を重ねてきました。

心のどこかでこんな自分は嫌だという声があったのでしょうが、変わろうとしたって変えられない自分がいます。

とにかく、その中で目に見えない、自分でも気がつかないストレスを抱えながら生きてきたのです。

それがとりあえず逃げずに自分を生きるということなのでしょう。

 

もうね、自分を分析したり、価値判断したりするのはいい加減止めたらいかがでしょうか?

疲れてきたでしょ、そろそろ。

自分を見るという行為はそれらとは別物ですよ。

ここでも強調しておきます。

ただ、感じてください、と。

 

もし僕に10万円とか100万円とかご寄進頂けるのなら、逐一質問にお答えしますし、「このようにしてみたら?」みたいなことも申し上げることが可能です。

その際には、毎回少しずつ寄進額はアップさせてもらいます。

それだけ上の段階のことを教えるわけですからね。

最終的には一千万円とかになってくるでしょう。

で、普通は気づくわけです。

そのことの馬鹿馬鹿しさに。

そう考えてくると、巷の胡散臭い新興宗教もあながち悪くないのかもね(笑)

明日はちょっとエエ話するよ。

2012.3.16