かつて展覧会を見てこれほど感動したことがあっただろうか?

目はウルウルしっぱなし、鼻孔は開きっぱなし、胸はジーンと熱くなりっぱなし。

「スゴイ・・・・・」 その一言に尽きる。

 

奈良県立美術館で現在開催中の「藤城清治 影絵展」

その膨大な数の作品群に、僕はただ圧倒されっぱなしだった。(表題はそのうちの一つの作品名である)

迷路のように作られた展示会場は、第六会場まであり、見るものを飽きさせない。

藤城氏の初期の洋画やデッサンもあり、やはりどのような美術作品であれ、一流と言われるためには根底に確かなデッサン力がなければならないことを得心させてくれた。

GW最中ということもあり、チケット売り場も少々並ばなければならなかった。

しかし、すべて観終わって出口から出た時にはそれどころではなく、入場制限がかかっていた。

その列に並ぶ人たちを見ながら僕と妻は、「ああ、来て本当に良かった」と完全に満たされた気持だったのである。

 

以前、難波の高島屋で開かれていた与勇輝氏の人形展でも涙が止まらなかったのだが、与氏の作品は古き良き昭和の時代を表現されていたものだ。

今回の藤城氏の作品はどれをとっても作製された年代に関係なく、ファンタジーの世界である。

そして先月に米寿を迎えた氏の、常に新鮮な感性とそのバイタリティに感服せざるを得ないのだ。

 

僕が一番気に入ったのは第一会場入ってすぐにあった”柳と少女”

そして最も感銘を受けたのは世界最大の影絵 ”光彩陸離” の解説文で氏が書かれていた言葉。

うろ覚えであるが

「・・・・・10万枚以上におよぶ木の葉、6万枚を超える花びら。いったんそれらにかかってしまうと、昼も夜もなくなる。それらの一枚一枚に願いと祈りと愛をこめて、ただひたすらに切りつづけるのだ。・・・・これが影絵作家の神髄ではないかと思う」

 

40歳以上で氏の影絵を見て懐かしく思わない人はいないだろう。

僕の父の診療所でも待合室に「暮らしの手帖」を置いていたし、テレビのCMとかでもよく見た気がする。

しかし、今回の展覧会は氏の人間としての懐の広さを作品を通して余す所なく見せてくれる。

氏曰く、「影絵というものは光を使って影を出す芸術と思われがちだが、わたしは実のところ光の芸術ではないかと思うのである」

 

「シャングリラからの伝言」なんぞ読んでおられる暇がおありなら、今すぐ電車の切符を買って、奈良に来てこの感動をじかに味わってもらいたいと思う次第である。

奇しくも本日は子供の日だ。

藤城氏の作品には、ご存知のように小人や妖精たちがたくさん登場する。

是非お子様連れで来られては如何だろうか。

2012.5.5