宮城に行く前に、僕は自分の個人セッションを見直していました。

心に寄り添うというけれど、自分が経験したことのない悩みや苦しみをわかれと言われても困ってしまう。

じゃあどうしたらいいのだろうか?

 

いつもは問診票に沿って、悩みの原因をまず見つめていくという作業をします。

その際に家系図を使ったりするのですが、今クライアントがいる現状までの道のりを宇宙の原理原則を元に説明していくのです。

あとはどうしたら良いか?というのはクライアントの選択なので口を挟まず、ヒーリングとディクシャをしていきます。

 

今、苦しんでいる人を救えない。

何のための個人セッションでしょう?

もちろん苦しみは自分自身のものごとの捉え方によるのですが、苦しんでいる人にそんな理屈を言ったところで何になるでしょう?

僕に出来ることは、話を聞いて現在の居場所とその道程を明確にし、あとはヒーリングとディクシャのエネルギーを流し天にお任せです。

僕にはそれ以上出来る事など何もない。

ハイヤーセルフと強く繋がってもらって、それを信じてもらうこと。

高次元の自分を信じ、ひいては自分自身を強く信じる。

そうすればきっと良くなる。

それはすぐにやって来ないかもしれませんが、いつかきっと良き日を迎える。

「開拓者たち」で書きましたが、「生きてさえいれば何とかなる」

・・・って、あまりにも月並みですか?

 

こんなに苦しみながらどうして生きなければならないのでしょう?

いったい、生きるって何なの?

こんな体験したくないのに。

 

あらゆる生命の持つ本質的欲求は進化です。

進化するためには乗り越えるべき壁が自分の前にあるのは当然なのかもしれない。

それによって進化するのだから。

 

サイモンバーチの話でもそうなのですが、結局は神を(自分を)信じてその時を待つ。

それしかないのかもしれません。

実はね、ご紹介した久瑠あさ美さんの本の最後の方で幾度も強調されるのが「自分を強く信じる」ということなのです。

 

僕は宮城に行く2週間ほど前から急に心が不調になりました。

ふうの心がわかってあげられなかった、ということに気づいたからです。

そして自分の個人セッションの限界を感じました。

あまりにも無力で虚しくなりました。

子供たちにとって僕は相談相手ではなく、単なる許しを得る存在だというのを見せつけられ、こちらの心が折れそうになりました。

僕だって、僕の気持ちをわかって欲しいという想いはあるのです。

そんな状態で宮城に行く途中、例の中学生二人組に出会いサイモンバーチの話を思い出したのです。

そして帰りしなに「人生を劇的に変える マインドの法則」に出会いました。

これによって僕のセッションは大きく変わるだろうと確信しました。

そして、このタイミングで今、遠隔ディクシャや個人セッションの依頼が届いております。

わたし、やります。

明日へ向かって一歩踏み出します。

明日の自分に出会うために。

 

この話は続くのでした。

2012.6.11