昨日は午前中個人セッション。

昼から保健所で1才半検診。

奈良市保健所は以前はうちのすぐ近くにありました。

非常に古くて暗くて、一階に”エイズ検査を受けましょう”というポスターが貼られていたのですが、ここに来た方がエイズうつりそう、くらいの感じです。

移転先もJR奈良駅の裏なのでうちからは近いです。

 

3週間前に3才時検診をしたばかりなのですが、その時は一人だけ虐待を思わせる女の子がいましたので、市の職員にその旨伝えましたが、果たしてどうなったでしょうか。

今回は初めて歯医者さんに診てもらう子ばかりですから、そりゃ泣きますわな。

お母さんから離されて治療台に仰向けにされ、上からオッサンに(それも反対向きに)覗かれるんですから嫌なことこの上ないでしょう。

本当はお母さんの膝に抱っこして検診すりゃ良いと思うんですが、これも大人側の勝手な都合ですね。

 

さて、その中で一人だけものすごく光っている男の子がいました。

少し茶色っぽい髪の毛は他の子に比べればずいぶん少ない。

でも、これが本来の姿じゃないかと思わせる。

ほとんどの子は解毒のために髪の毛フサフサになってるだけだから。

 

不思議なもんでね、聖とか清とかを名前につけてくる子は、やはりそういう子なんですよ。

その子もそういう名前でした。

霊格が高いとでも申しましょうか、僕が対面して「ハハァ・・・」と頭を下げる、みたいな。

あとがつまってますし、1才半検診で「お宅のお子さんは霊格が・・・・」なんてことも言えませんので心の中に留めておくだけにしといたのですが、僕が検診終えて帰ろうとしたら、その子ともう一人よく泣いた子が玄関にいて、「嗚呼、やっぱりそうなのね」と思ったのでした。

 

昨日は奈良市歯科医師会発足100周年記念式典が行われる日でもありました。

先日、会長から電話がかかってきて、「僕、検診やから無理です」て言うたんですが、「じゃあ式典は無理でもその後の祝賀会は出れますね」と返されて「ハイ。。。。」と返事してしまいました。

僕、同業者がたくさんいるところ大嫌いです。

窒息しそうになります。

楽しい話題なんて出ないし、知的な話もないし、未来の話も誰もしないからです。

おまけに、フレンチなのか何なのかわかりませんが肉料理に濃いソースがかかった皿が続いて、普段そういうものをたくさん食べない僕は口が悪くなります(口の中が気持ち悪いという意味)。

2年くらい前の甥の結婚式でもそうでした。

春日大社で式を挙げた人たちは必ずといっていい位ここで披露宴をしますというレストランが奈良公園の中にあります。

ここはさすがに僕でも中々の腕のシェフだと思わせる料理を出すのですが、それでも僕と妻はたくさん残しました。

だって、しつこい料理食べられないんだもの。

おまけに昨日出されたビールは、ビールであってビールでない”アサヒスーパードライ”

 

僕は平成11年に大阪から奈良に開業場所を移転してきているので、13年たった今もまだ奈良の歯科医師会に馴染めません。

学術委員会の面々は唯一親しく楽しく喋れる人たちですが、それって県の学術委員会なので市の歯科医師会とは別物なんです。

着席したテーブルも他の6人と口もきいたことない人ばかり座っていて、僕は一人2時間黙々と出される料理とまずいビールと格闘していました。

ていうか、僕は普段、隣の人にビールを注がれる時は今入っているのを飲みほしてから注いで頂くのですが、それもせず、ごくわずか足されるビールをチビチビ飲って、結局飲んだのってトータルするとグラス3杯くらい。

僕的に宴会であり得ません、こういうこと。

 

大勢の歯医者と、しつこい料理と、”いまだに”スーパードライ、ていうのくらい、僕を宴席にもかかわらず最低レベルまでテンション下げるものはないね、マジで。

 

その中で唯一救いだったのは、アトラクションとして呼ばれていた若い女性4人組のトランペッターたち。

開会の時にファンファーレを吹いてくれたのと、途中何曲か演奏してくれたのですが、その中の一曲が”涙そうそう”

僕は必ずといっていい位カラオケで歌う曲で、今さらなんですが、今回は曲を聴きながら、ふと福井にいる藍のことを思い出しました。

この歌は本来、亡くなった人を偲んでいる内容の歌詞です。

最近、ふうさんが昔の自分たちの写真を整理してるんですね。

僕もそれとはなしに小さかったころの藍やふう、慧たちの姿を写真に見るわけです。

その時の非常に幼稚だった父親としての自分もそこに見るわけ。

そして”涙そうそう”

それが今、自分の元にいない14歳の娘を想う歌と置き換えれば、たまらなく泣けてくる。

僕だけほとんど会話もないテーブルの真ん中の席で、トランペットを聴いて涙ぐんでるなんてシャレにもなりませんから必死でこらえました。

これも視点を変えれば歌そのものが変わってしまうというお話。

では、皆さんなりの”涙そうそう”を・・・・。

 

 

2012.6.29