考えてみれば、”ならまちワンネス歯科”はちょうど北京五輪開幕の日にオープンしたのでした。

2008年8月8日。

それから4年が経ち、ロンドン五輪が幕を開けました。

中国からイギリスへという軸の移転も何か意味ありげではあります。

移転開業から4年が経ち、当院もようやく軌道にのってきました。

最近では、平成7年に大阪で西塔歯科を開業して以来、初めて経験するような新患さんの数です。

ありがたいことだと本当に感謝の気持ちがわいてきて、そういった時につい顔を出そうとする自分に対する自信のなさを封じ込めようと努力するここ数日です。

 

それには色々な理由が考えられるのですが、一番大きな理由はおそらく、”ワンネス歯科の概念”が明確になってきたからでしょう。

最初、その名前をつけたとき、「みんなひとつなんだ」といった、何となくというイメージでしか捉えていませんでした。

先日もブログで書きましたが、今では身体と心の調和、僕とスタッフとの調和、医療者側と患者側との調和、そういったことだと確信しています。

どのような商売でもそうでしょうが、掲げている看板の裏にあるもの、それが明確でなければ客は来ません。

つまりは、「ここ何するところ?ここの主人は何をしたいの?」というのがはっきりしないと、客はその店の暖簾をくぐらないということです。

ラーメン屋さんで「こだわりのスープ」などと看板に書いたところで、客にしてみたら「???」

これは人生にもつながりますね。

西塔治という看板出してるのであれば、そのコンセプトを明確に打ちたてろ!ということ。

本日は、おそらくどのメッセンジャーも言っていないであろう話をお伝えします。

 

僕が地球の波動の変化を感じ出した約3年前より、日々刻々と地球のエネルギー場は上昇しています。

その上昇度合いが大きい時は、その都度ここでもお伝えしてきました。

そして2012年夏、僕たち人類は新たなステージへと入ってきています。

僕たちが立っている場のエネルギーが上がるということは、難しい言葉を使うと”励起状態”ということなのですが、今までよりずっとわずかの力で、ほんの少しの背伸びだけで、思ったところに到達するということを意味します。

何度も言いますが、このような状態は地球の歴史上今までほとんどなかったのです。

(皆無であったかどうかはわかりません)

 

体験的に自分をより深く知る。

それが人生の目的。

だから、憎しみや悲しみや嫉妬などを経験したいと願い、他の魂たちの協力を得て(悪者役をしてくれる人のことね)、その体験を実現してきた。

そのために、さまざまな効果的であろう過去世や親を選ぶことによるトラウマを身につけてきて、それが個性となった。

しかし、実際にはそれらが自分が望んだことというのは忘れてしまっているので、つらく苦しい体験と戦って疲れ果てたり、逃げ惑って崖から落ちるということばかりだった。

ただ、それを体験してその感情を味わえば良かっただけなのに。

 

・・・・てなことは、先月までの話。

これらの概要は、かの不滅の名著「神との対話」にも書かれているのですが、この本が書かれたのは1997年のこと。

15年前です。

書かれていることはすべて永久不変のことですが、当時とは状況が違うのです。

 

皆さん、輪廻転生も含めて、人類はいったいどれだけの時間をこの地球上で過ごしてきたでしょう?

まだ、嫉妬やら憎悪やらの感情を体験する必要がありますか?

もう十分やってきたでしょう。

だからもうそういった、どちらかと言えばネガティブな感情・体験はこれからは必要ないのです。

 

これからは、あなたはあなたが体験したいことを意識的に創造する

 

そういう時代でに突入したのであり、それが可能な時代になったのです。

本来、宇宙創世の目的はそうだったのです。

自分が創造したことを体験するため。

体験したいことを創造するため。

ところが、善悪の判断がすべてを狂わせていきました。

憎しみが悪いこと、嫉妬が悪いこと、そういった価値判断が感情と体験を捻じ曲げていったのです。

もしかしたら、僕たちが普段考えている感情に対する解釈は大いに間違っているのかもしれません。

嫉妬は憧れ。

憎しみはどうしてそんなことをするんだろう?という疑問。

 

僕たちはもう、この世界の理をほとんど理解しました。

だから昨日と同じである必要はないのです。

もしいつまでもネガティブなものを引きずりたい人、希望を持って明日を見れない人は、残念ながらどうぞそのままいてください、としか言いようがありません。

すべてあなた次第だからです。

 

今まではこういったことは、苦しんでいる人を救うために言われてきました。

「今している体験を心地良く思わないのなら、あなたの思考を変えなさい」と。

僕は今、同じことを言っているのですが、時代背景が変わってきました。

苦しんでいる人を救うためにその言葉があるのではなく、本来はそうだったのだと僕たち全員が思いだすためにその言葉があるのです。

これ以上に思い出すべきことなど、もはやないのかもしれない。

 

あなたは体験したいことを創造(思考)し

創造したことを体験する

それが生きる喜びなのだ

それがあなたが生きている真の意義なのだ

2012.7.28