「ゲゲゲの女房」みてまた泣いてしまった。

 

茂の父、村井修平が逝ってしまいました。

ベッドでうつらうつらしていると、夢の中でかつて自分が経営していた映画館の客席に座っていました。

客席には自分ひとり。

そのうちスクリーンに活動写真よろしく自分の生い立ちが映っているではありませんか。

茂たちがまだ小さかった頃、坊主頭でランニングシャツ姿の子供たち三人と、妻絹代とみんなで笑顔で写真をとられています。

弁士は誰かと見てみると、若いころの修平その人です。

修平がずっと書こうと思っていて、途中で筆がとまっていた「第三丸の爆発」が、さあこれから上映される、と思ったところで映画は突然終わってしまいました。

明かりがほんのりついた客席を見渡してみると、自分ひとりしかいないと思っていたのに、ずいぶん前に亡くなった父や母、パリで画家をめざしていた叔父、かつて映画館をやっていた時に一緒に脚本について熱く語り合った弁士、とにかく今まで出会った人たちが皆そこにいます。

そして、何ということのない修平の人生活劇を見終わって、皆が笑顔で心からの拍手をしているのです。

修平はね、人生の中で何事かを成し遂げたわけでもなく、また何ものかになったわけでもありません。

ただ飄々と気の向くまま生きてきただけです。

それなのに、知ってる人たちがみな、拍手喝采を送ってくれているのです。

修平の目からは上映開始からずっと涙がとまりません。

「なんだ、もう終わりか・・・。 あ~あ、おもしろかったなぁ・・・」 と満足げにつぶやきながら、ゆっくりとまた眠りに入ります。

その二日後に修平は静かに旅立ったのです。

初七日が過ぎ、絹代が修平がずっと肌身離さずかかえていた大事なカバンを開けてみると、入っていたのは画家を目指していた叔父の遺品の万年筆。

第三丸の話を、一世一代の傑作を世に送り出すはずだった、その万年筆を絹代は茂に渡します。

 

みんな、役者やなあ・・・(涙)

僕、途中からずっと泣いてました。

「そうや、そうやねん!そんでええねん!!」

皆さんはあの世に旅立つ時、まさにこのような体験をなさるのです(自殺者、中毒者を除く)。

この脚本を書いた人はよほど、もののよくわかった人だと思います。

さて、あと150年ほど頑張ろか。

2010.9.12