当院は本来木曜日は休診なのですが、本日は診療しております。

なぜかというと明日の金曜日から国際学会出席のため横浜出張になるからです。

そして日曜日の午前中まで学会に出席し、その後栃木県那須塩原まで行きケビンのヒーラー上級セミナーに参加してきます。

帰ってくるのは11日(祝)の11時位になりそうです。

うまくいけば、現地からホテルのパソコン借りて更新できるかもしれません。

ま、この季節は学会や研修会などが多く今月も来月もほとんど週末は予定が入っています。

 

さてインド話が途中ですが、先日の日曜日に当院待合室を使って知り合いの方の希望でお話会のようなものを開きました。

お話会と言っても僕が伝えるべき話はほとんど本とHPに書いているので、特別しゃべることってないんです。

ですから実質は懇親会のような形になりました。

5人ほど来られたのですが、そのうち2人がディクシャギバーの方でしたので、かえってこちらが緊張してしまいました。

あまりお役に立った気はしませんが、その中でふと気がついたことで少し洞察してみたことをお話しましょう。

 

僕に限らず、ヒーリングやカウンセリング、占い、等々やってる人はクライアントに相談されることがあります。

「こういった場合、どうすればいいのでしょうか?」

僕は基本的にアドバイスはしないスタンスをとっています。

だってそんなことして、もし僕の言うとおりにすればその人の自由な選択を妨げることになるし、多くの人はアドバイスを求めながら自分の奥深くでは既に結論を出していることが多いからです。

きっとその自分の考えを後押しして欲しくって、それをアドバイスとして言ってくれる人を探して歩くのかもしれません。

他人に助言を求める時、今言ったようなことが根底にあるのですが、要するにどうすれば一番得か(損をしないか)ということを聞いているわけです。

これは金銭的なこともありますが、どうすれば人を一番傷つけずに済むか(本当はそれによって自分が傷つきたくないと思っている)ということだって本質は同じです。

 

さて、人は人生の選択により損をしたり得をしたりするものでしょうか?

 

それはどの時点でどの視点で見るかにより異なります。

経済的な成功が人生において重要という視点からは株で損失を出すのは文字通り損をしていることになります。

人に迷惑をかけないことが大切と思っている人には、自分の意見を通したことにより人が傷つくのであれば、それは失敗ということになるでしょう。

しかしそれらの損失や失敗から5年後、10年後にそのことを振り返った時にも同じように考えるかは微妙な問題です。

そうであることもあるし、そうでないこともあるでしょう。

ここでもその視点が問われるのですが、通常年月とともに人は精神的に成長し視野は拡大されることが多いので、後になってみればあの時ああいうことを経験しておいて良かったということなどざらにありますよね。

これらは突きつめて言うと、世の中に良いことと悪いことがあるという概念にとらわれていることがわかります。

 

さて、人生における数えきれないほど経験する選択の中で、常に良い選択、得をする選択ばかりすることなど果たして可能でしょうか?

無理ですよね。

ということは地球上のすべての人間が何らかの選択の失敗をしているし、ひいては人生にも失敗しているということですが、皆さん本当にそうだと思いますか?

あらゆる人間が人生を失敗した状態でこの世を去るということです。

冗談言っちゃあいけません。

何人たりとも人生を成功裡に終わらせずにあの世に行くことなどあり得ません。

たとえ病気で死のうが、事故や犯罪に巻き込まれて亡くなろうが、です。

但し自殺者はゲームの途中放棄なので成功でも失敗でもありません。

ゲームを終わらせてないのですから。

 

ここまでくどくどと書きましたが、これらはあくまでもイントロです。

もう一度「こういった場合、どうすればいいのでしょうか?」という質問に戻ると、それに対する具体的なアドバイス、「このようにしたらどうですか」みたいなものは存在しません。

どの選択をしようが損も得もないからです。

この宇宙の大鉄則ですが、あなたにはあなたにとって最善のことしか起こらない、だってこの世界には良い悪いはないので、起こることすべて最善のことばかりだからです。

何にとって最善なのか?

この続きは次回。

2010.10.7