現在横浜国際会議場のビジネスセンターよりお届けしています。

講演は約20の会場で違う演題が同時進行しているわけですが、参加者が多いため下手に会場を移動すると立ち見になってしまいます。

午前中は聞くべき講演の選択を間違えました。

今からは業者展示を見てこようと思っています。

さて・・・

この世界で僕たちがやっているのは突きつめて言えばすべて人間関係です。

それ以外のことはやっていません。

そしてその人間関係を深く見ていくと、これまたすべて「自分のことがわかってもらえない」ということをやっていることがわかります。

お互いにすぐにわかり合うのなら、今のような人間の感情は生まれ得ません。

怒りや悲しみを感じようがないからです。

どのような仕事であろうが、どのような家庭であろうが、それら以外のすべての場においてやっていることは「自分をわかってもらえない」あるいはその反転としての「自分のことを認めさせる」ということだけであります。

高い次元では違うものを認め合っているので、感情を味わったらすぐにそれを手放し、お互いに理解し合います。

ここが3次元と大きく異なる点ですね。

 

またまた例え話をだします。

今あなたは「学校給食を考える会」の委員として他の数人と地元の小学校の給食のあり方を変えていこうとしています。

それには当然地元行政への働きかけも、もちろん小学校への協力依頼も、給食センターのことも、また最もやっかいな他の父兄の考え方もからんでくる大変な話です。

そこであなたは、他府県でそのような取り組みをしている小学校を見学に行き、それを参考に自分の地元の郷土料理を盛り込んだご飯食に変えようと提案します。

2人くらいは賛成しますが、様々な反対意見が出て多数決の結果、まず水曜日に給食をやめてお弁当を持参させるようにしてはどうかという結論になりました。

もちろんこれから周辺の理解を得るという大変な作業が待っているわけですが、あなたとすれば面白くありません。

「そんなまどろっこしいことをせずに、一気に米食にどうして変えないのだろう?

牛乳が骨を強くしないなんてもう常識だし、パンだって添加物が一杯入っているし遺伝子組み換え小麦だって使っていて、みんなそのことを一緒になって問題にしていたはずなのに、どうしてこうなってしまうのだろう?

なんかみんなとは考えがずれてきたみたい。

これから一緒にやっていくの、どうしよう?」

 

どうです?

状況が違ってもこれと同じような話はそこら辺に転がってますよね。

だからこそわかりやすいのです。

そして今からお話しするメッセージは、皆さんにとってかけがえのないものとなるでしょう。

なぜなら皆さんがこれから問題にぶつかった時に、これを芯に持っておけば常に自分自身で解決できる秘訣をお話しするからです。

 

「こういった場合、どうしたらいいのでしょうか?」

 

まず、他人はあなたの気持、あなたの考えを完全に理解することは不可能だということをわかる必要があります。

あなただって、他人の気持ちや考えを十全にわかり得ないのです。

それはお互いにしてきた体験や持っているトラウマが違うので物理的に無理なのであって、人間的に未熟なわけではありません。

これはキリストや仏陀にだってできない話なのです。

ですから、会議であなたが意見を言ってもそれはあなたが意見を言ったということだけで、皆に理解してもらえると期待してはいけません。

まあ別に期待してもいいんですけど、それに応えられるとは限らないということです。

でね、考えてみてください。

もし満場一致であなたの意見が通るなら、皆があなたと全く同じ意見なら、最初はそりゃ気持ちいいでしょう。

でもね、議題の度にそれを繰り返してごらんなさい。

すごく委員会がつまらなくなるし、あなたは自分自身を見失ってしまうことでしょう。

わたしは何者か? わかんなくなっちゃうわけです。

これあきまへん。

あなたの存在意義が失われてしまいますから。

さあ、そうなると今は「学校給食を改善する」というお互いの共通目標があるわけですから、それを中心にものごとを考える必要があります。

そこで、一つ考えなければならないことがあります。

通常こういった場合、自分の地域の小学校からできれば全国的に給食を見直す運動を広げたいと考えます。

そしてそのためにも自分の今関わっている小学校の給食のあり方をなんとか自分の思うように変えたい、と考えますね。

それ以外の他の委員の出した意見よりは自分の方がより良いと思うわけです。

ところが、日本全国というレベルで学校給食の変革を考えた場合、あなたの学校がうまくいこうが暗礁にのりあげようが関係ありません。

大きなものを動かす時に大切なのはそのエネルギーであって、その内容ではないのです。

ですからあなたの小学校でそのような試みをしているということ自体で十分大きな目的は達しています。

あとはそれが全国的にある閾値に達すれば爆発して本当に国の政策として見直される時が来るでしょう。

 

ではあなたとその「学校給食を考える会」との関係はどうしたらいいのでしょうか?

もし波動が合わない、エネルギーレベルが違い過ぎると感じるのならそこを去るのも一つの選択です。

その会が委員たちのエゴの表現の場に成り下がっていて、本来の目的を見失っているような場合のことを言っています。

そうでないなら、そこにとどまる必要があります。

あなたはその委員会で給食の改善という業務に従事しながら、同時に「どうしてみんなわたしの意見をわかってくれないんだろう?」という体験をしているのです。

何度も繰り返しますが、あなたは自分が何者か?を知るためにそこにいるわけです。

じゃあまさに、その体験をしているじゃあ~りませんか。

長くなってきたので、つづく

2010.10.9