我々は小さい時から感情を表に出すのを禁じられてきました。

怒りや哀しみは言うにおよばず、喜びでさえも表現できずにいました。

サムスカーラシュッディとは、その長年溜め込んできた感情をすべて出しきることにより、心の掃除をしようというものです。

何でもそうなのですが、汚れやゴミがたまっていると新しいものは入ってこれないのですね。

これは日本での準備コースでも行われたのですが、タオルで目隠しをして(そうでないと他人の目が気になって、思う存分できないから)大声で泣き、わめき、怒りを爆発させます。

本当に阿鼻叫喚の様相なので、まったく部外者が見たらまさに危ない新興宗教にしか見えません。

最近の日本でのディクシャセミナーではここまでやることはないようです。

ディクシャのエネルギーが以前より強くなったためその必要がないという理由ですが、僕に言わせればやはり一度この感情を爆発させるというのをやっている人と、やっていない人は違う気がします。

コース中瞑想していると、何度も勝手に手が動きなんかわからないポーズをとらされますが、中には手でハートのマークを作っている時もあるんです。

ただ日本に帰ってからふと本屋さんで見つけた本の中にあの時とっていた形が載っていて、それぞれ何らかの印を結んでいたのかもしれないと思いました。

千手観音とか月光菩薩、不動明王とかを表す印ということですが、これに関してはいまだによくわかりません。

さあ本日はいよいよ浄化のクライマックスです。

 

コース開始6日目

ほら言わんこっちゃない。

寝る前にコスミックビーイングと瞑想するから、結局よく寝れんかった。

6時起床、本日はやや曇り。

朝日を見るが月はかくれてる。

瞑想とは今、自分の内面に起こっていること、わいてくる考えをじっと見つめること。

プレゼンスは理屈好きの僕が納得するような形でプロセスを進めていってくれている気がする。

すばらしい。ありがとう。

そういや、怠け者のおじさんも日記つけてられました。すみません(笑)

 

朝のセッションは、今度は自分が傷つけた人がどんな気持ちだったか体験してみるとのことだ。

人はどうして人間関係で問題を抱えるのか?

それは小さい時に負った心の傷(トラウマ)があるから。

例えば、小さい時におじさんに何かちょっとしたことで助けてくれるように頼んだとする。

おじさんはちょうど何かに集中していた時で、「うるさい、あっちに行ってろ」と言った。

するとその子はそれ以来、自分はもう人を頼るのはやめよう、誰も自分を助けてくれないんだ。

そういうのに値しない人間なんだと思ってしまい、その後の人生のすべての局面でそれを出してしまう。

しかし人間は仕事は仕事、家庭では家庭としてやるべき役割、顔があり、柔軟性が要求される。

なのにすべてそのトラウマを根底に抱えて対応するから問題を起こすということだ。

 

さあ、自分が傷つけた人のことを順番に思い出していく。

まずは母親から。

あれ?何も感傷が起こらない。失敗か?

いや、でも今までもプレゼンスがうまく導いてくれたのだからきっと大丈夫。

母がダメなので父。これもダメ。

妻に移る。

すると・・・

この人についていくと決めて広島から誰も知り合いがいない大阪に出てきて、初めての主婦業でうまくいかないことも多く、僕にきつく言われ、どなられ、「出ていけ!広島に帰れ!」などと言われ・・・

僕しか頼る人がいないのに、ここにずっと一緒にいたいのに、すごく悲しかった。 つらかった。

その想いがこみあげてきて涙があふれる。

ごめんなさい。

僕に人間的な大きさがあれば、もっとあなたのことをわかってあげれば、あんなに傷つけずに寂しい思いをさせずにすんだのに。

そして長女の藍。

このお父さん、お母さんと選んで生まれてきたのに、お父さんはすぐに怒って飲みに出てしまってお母さん寂しそう。

わたしも寂しい。

お父さんのこと、こんなに好きなのに、もっとこっちを向いて欲しい・・・

 

ごめんね。藍、本当にごめんね。

 

その後、僕が傷つけたすべての人に許しを乞う。

みな、笑って許してくれる。

思わず、すべての人の足許にひざまづく。

 

5分休憩した後、最後に浄化の仕上げのセッションになる。

目を閉じた状態で一人一人にダーサジーが来てくれてディクシャをしてハグしてくれる。

思わず嗚咽する。

ダーサジーの体の震えもこちらに伝わってくる。

そして陽気な音楽に合わせみんなで喜びを表現する。

ダンス!ダンス!ダンス!

父も母も妻も娘もみんな一つになって踊る、踊る・・・

 

朝食後の午前の後半のセッションでは、皆疲れきって腑抜けみたいになっていた。

ダーサジー 「みなさん、わたしの話を聞いていますか?(笑)」

 

<4つのバスケットの話>

第一のバスケット

お母さんが受精してその中でだんだん大きくなるにつれ、子宮を窮屈に感じるようになります。

でもあなたにはどうすることもできません。

その時あなたは、母親が見るものを同じように見て、聞くものを同じように聞き、母親が感じるものを同じように感じます。

母親が病気をすると自分も同じように苦しみます。

この時期にトラブルがあると人生そのものになげやりな感じになります。

 

第二のバスケット

誕生の日が近づくにつれ、その準備のために様々な化学物質が入ってきます。

それがとてもいやですが、ここでもあなたにはどうすることもできません。

 

第三のバスケット

いよいよ誕生のときです。

出口が見えていますが途中がすごく狭く、またいろんな体内物質が出てくるためになかなかうまく出ることができません。

 

第四のバスケット

ついに生まれます。

この瞬間が非常に重要で、周りにどんな人がいて、どういう気持ちで自分を迎えてくれるか、そして外界に落ちていく不安をしっかりつかまえてくれるかが、あなたの一生を左右します。

 

7歳まで(幼少期)の出来事

この頃に体験するある特定の出来事にプラスのイメージを持つか、マイナスのイメージを持つかが重要で、人生のおいて何度も何度も同じ場面に遭遇し、そのイメージ(プラスもマイナスも)を引きずることになる。

その後、自分を縛っているこれらのイメージをすべて洗い流してもらうようにプレゼンスにお願いする。

シャバアサナの姿勢で音楽が流れるやいなや体が縛りつけられたようになり、深いリラックス状態に。

 

ダーサジー: 我々が知るべきことは、自分たちだけでなく親兄弟、妻、友人すべてにこのバスケットや幼少期の出来事があり、それが彼らの人生に大きく影響しているということ。

それに対して我々は全く無力であり、子宮の中にいる時のことをどうすることもできません。

だから他人を変えるということは不可能なのです。

アンマ・バガヴァンはその事を知っているので皆を平等に愛せるのです。

今後どんどんプレゼンスとの絆は強くなり、もっともっと愛を受け取るようになるでしょう。

あなたがそうなることで、今、日本にいるあなたの家族や知り合いにも祝福と愛が届きます。

それがプレゼンのすごいところです。

愛はプレゼンスにしかありません。 プレゼンスは愛そのものなのです。

 

午前のセッション終了。

昼食にニンジンとジャガイモのふかしたものがあったので、初めて使いきりのマヨネーズ登場。

午前中にこんな例え話もあった。

~~ある村に2人の兄弟がいました。

とても貧乏な家の子でした。

ある日、みんなで遊んでいると高級車がやって来て中から人が出てきて、とある家に入っていきます。

子供たちはそんな車を見るのは初めてなので、どうしていいかわからず、泥や石ころを投げつけて遊んでいました。

用を済ました男性はそれを見て大変怒り、一人一人つかまえては殴りつけました。

その時、兄はお金があればあんな車に乗れるんだと思い、

弟はお金を持っているだけで子供を殴るなんて、何て傲慢なんだ、人生にはお金よりもっと大事なものがあるのに、と思いました。

その後彼らが大きくなって、兄はお金持ちに、弟は働いても働いてもお金に縁がありませんでした、とさ。

う~ん、妙に納得させられる話。

 

夕方のセッションが始まった。

ダーサジーからサプライズの報告。

なんと、GC1で今夜アンマとバガヴァンが2人そろってダルシャン(謁見)をしてくれるらしい。

バガヴァンはこちらにいるが、アンマは普段はかなり離れたネーマンという町にいるため、ダーサジーですら2人を一緒に見たことは数えるほどしかないらしい。

これは非常にラッキーなことみたい。

GC1までは例によってバスで行くが、僕たちのキャンパスよりはよほど整っていて綺麗である。

完成目前の瞑想ルームで初めて僕たちが2人同時のダルシャンを受けることになる。

コスミックビーイングも来ている。

ついにアンマバガヴァンの登場だ。

写真通りの人たちだが、アンマはあまり笑わない。

お祈りや聖歌を歌ったりしたのちに、イタリア人チームがイタリアの歌をアンマバガヴァン讃歌にアレンジして歌う。

このダルシャンでは、少しでも前のバガヴァンに近いところに座ろうとする人たちがいて、結局自分が救われたいだけか!と思ってしまう。

こういうことを思うのはワンネスではないよなあ。

でもまだあと2週間あるからそこに期待しよう。

明日は7時半から開始。

2010.11.7