インド紀行もそろそろ感動のフィナーレへと向かいます。

そこではこっそりアンマとバガヴァンの出会いから結婚するまでの話も教えちゃいます。

その前にちょっと一休み。

 

僕の知り合いのお母さん方にも、さまざまな社会活動をされている方が少なからずいらっしゃいます。

さて、本日はそういった人へのメッセージですが、決して自分が否定されていると思わないでくださいね。

僕はただ、上に言われていることをお伝えするだけです。

 

わかりやすいところで、「原発を考える会」あるいは「学校給食を考える会」、何でもいいのですが、そういったことに携わっている人がいたとしましょう。

確かに両者とも大切な問題ではあります。

そこそこの成果を残し、あるいは思った通りに制度を改革し、ある日その人はこの世を去りました。

こちらの世界ではある意味において歴史に名を刻んだわけです。

それは将来において称賛されるようなものかもしれません。

さて、あちら側の世界でその人は今、まさに神と一対一で聖なる審問の真っ最中です。

 

「わが愛しき子よ、よく頑張った」

「ありがとうございます」

「これは皆に聞くことなのだが、あなたは地球上で何をしたのか?」

「はい、わたしは学校給食を改善しました」

「具体的には?」

「今までの牛乳とパン食を撤廃し、地元の食材を活用した米食に変更しました」

「そうか。ではパンが好きな子供たちはどうしたのだ?」

「・・・でも、パンは添加物がいっぱい入っていて健康には良くないんです」

「なるほど。ではもう一度聞くが、あなたはあちらの世界で何を創ったのか?」

「ええ、ですから学校給食を・・・何を作ったかと言われますと、新たな学校給食法を作りました」

「よく聞くがいい。わたしは、あなたは何を創ったのかと聞いたのだ」

「創る?・・・つまり創造という意味ですか?」

「そうだ」

「・・・そう言われると・・・よくわかりません」

「あなたは新しい自分を、未知なる自分を創造するために、あちらの世界に行ったのではなかったのかな?」

「おっしゃる通りです」

「では聞くが、あなたのやったことは創造なのか?単に自分の外側で起こっていることに反応しただけではないのか?」

「おっしゃることは何となくわかりますが・・・」

「どうやら、あまり納得しかねるようだな」

「ええ、まあ」

「創造とはあなたにしか出来ない、あなた自身を表現するものだ。あなたの思考、感情、行為が三位一体となって、あちらの世界にある物質的なもの、あるいは非物質的なものと協調し、今まで全く存在しなかったもの、そしてこれからも同じものは二度と現れないようなものを生み出す行為なのだ」

「はあ・・・」

「それは海辺の砂で創ったお城かもしれない」

「ええ」

「あるいは粘土で創った子犬かもしれない」

「そんなものですかねえ」

「では聞くが、あなたが作ったという学校給食法はあなたにしかできないものなのか?」

「いやぁ、そう言われると、別に他の人、例えば副会長でもできたと思います」

「では、どういうことになるかな?」

「う~ん。どうやら、わたしが自分を表現していると思っていたもの、これは自分にしか出来ないと思っていたものは少し違っていたような気がします」

「おお、わが愛しきものよ、よく聞きなさい。

自らの創造とは内なるエネルギーの発露なのだ。

あなたは自分を表現せざるを得ない。

なぜなら宇宙はそのようにできているから。

あなたを取り巻く環境は確かにあなたに影響を与えるだろう。

しかしそれに惑わされてはいけない。

そうでなければあなたの表現、すなわち創造はすべて外界を要因とする結果となってしまう。

違うのだ、愛する子よ。

あなたはこの世界を動かす原因となるべきなのだ」

「おお、神よ。よくわかりました。ではわたしをもう一度向こうの世界に送って頂けますか?」

「いや、あなたはもう十分やってきた。次は全く新しい世界でやっていきなさい」

「ありがとうございます。その御心に感謝します」

「あなたは常に最大限の滋愛で守られていることを忘れないように」

 

あなたが、あるものをこうだと決めつけて見ると、それはまさにその通りの実体で固定化します。

ある人を悪人だと見ると、その人は悪人として振る舞うでしょう。

あなたの外側の実体はあなたの思考の影響をものすごく受けます。

原発に反対するのもよし、現行の学校給食に反対するのもかまいません。

でもあなたが何かのアンチである限り、相手はあなたのアンチとして存在し続けるということです。

もし仮に、相手の中に神聖さを見るならば、相手が忘れている相手の中の最も崇高な部分を見るならば、物事はあなたが考えているようなやり方じゃなくても変わるかもしれません。

どうか、あなたがあなたの最高の叡智とともにありますように。

2010.11.25