およそ医学を志す者にとって最大の師は教科書や教授などに非ず、それ即ち篤志のもとに献体されたご遺体に他ならない。

先週の土曜と日曜にかけて徳島大学歯学部解剖学教室にて行われた研修もそのおかげで開催できるわけである。

解剖実習と書いたので、実際に我々がメスを持って解剖をすると思われた方もいるかもしれないが、さにあらず。

すでに教授が必要な部分を剖出して標本となっているものを、手に取り勉強させて頂くわけである。

実習の前後には必ず合掌ないし黙祷が捧げられ、献体された故人やそのご遺族、またご遺体そのものに対しても最大限の敬意が払われる。

今回の実習には歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士、そして言語聴覚士および理学療法士約40名が参加したのだが、主なテーマは「咀嚼嚥下障害」であり、それを実際の口腔周囲の筋肉構造を理解することにより臨床に役立てるというものであった。

歯科医師は主に奈良県南部で開業されている先生方が多かったため、北部にいる私はあまり馴染みがないわけだが、新しい知己を得て楽しかった。

言語聴覚士や理学療法士の方々は非常によく勉強されていて、いかに学んだことを臨床の現場にフィードバックさせるかということを念頭におき、真剣に取り組まれていたのが印象深かった。

徳島大学口腔解剖学講座の現教授は、私が学部一年生の時に阪大で講義をしてくださった大先輩である。

基礎医学というものは、高校を出てすぐ学んだところで全く面白味のないものであるが、今のように臨床経験を20年以上積んでからだと、具体的に知りたいことが山のようにあって興味を持って勉強できる。

私が今回の実習に臨むにあたり最も見たかったのは、顎関節周囲の筋肉の動きなのであるが、これはすでに長時間ホルマリンに浸漬された標本だと実際の動きを模倣するのは至難であるので叶わなかった。

その中で印象に残ったことが二つある。

一つは、当然といえば当然なのであるが、嚥下という動作ひとつをとっても様々な筋肉がお互いに協調し合って成し遂げられているということである。

よく正月に餅を喉に詰まらせるお年寄りのニュースを聞くが、どうしてそうなるのかもよく理解できた。

一言で言えば、やはりよく噛むこと、そして表情豊かに過ごすことが口腔周囲の筋肉の活性化につながり、誤嚥防止にもつながるということである。

印象に残ったことの二つ目は、臍と肝臓がつながっているというのを標本を通して知ったことである。

お恥ずかしい限りであるが、全くもって知らなかった。

これは何を意味するかというと、胎盤から臍帯を通じて栄養をもらっている胎児において、母親から流れてきたものが即肝臓に行き解毒されるということである。

つまり母親が妊娠中にアルコールや添加物、農薬などを無節操に摂ればそれが胎児に取り込まれ、そしてその肝臓にかなりの負担をかける、というよりおそらく解毒しきれずに体内を巡るのではないか。

これは非常に衝撃的であった。

その他にも様々なことを学ばして頂いたのであるが、なぜあの学術委員会の後、後輩のS先生が私にだけ解剖実習を誘い、また私がすぐに行く旨を返事したのか今でも謎である。

しかしながら、参加してよかったと思っているのも事実なのである。

かつて、阪大歯学部が医学部とともに大阪中之島にあった頃、古い造りの解剖実習室に何十年も掲げられていた額の中の表題の言葉。

正しい読み方はいまだ知らないが、「屍を師として活かすなり」という意の言葉が書かれた額が、徳島大学にも少し小さいながら掲げられていたのは懐かしいとともにうれしかった。

お世話になった皆さま、本当にありがとうございました。

2010.12.16