微妙に続きなんですが、生まれ変わった後みんなでハグし合い、「おめでとう」と言って祝福し合います。

近くで見守ってくれていたスタッフの人達もみな目に涙を浮かべてらっしゃいます。

そんな中、僕はすぐ横にいた年配の男性(おじいさんと呼んでもいいような人)と抱き合いました。

するとどうでしょう。

まるでふたつの光の玉がひとつに合わさり、その大きさが何倍にも広がった感じ、あんな感じを体験したのは今までであの時だけです。

山焼き 001.jpg

僕もその男性もひとつの光であり、それはオーラといっても良いかもしれませんが、それが合わさることで燃え上がるような光になる。

実に不思議な、お年寄りの男性と抱き合っているのにもかかわらず、非常に心地よい体験でした。

本日の写真は言わずと知れた若草山の山焼き。

 

その後、光はしょっちゅうやって来るようになりました。

たとえばふと目を閉じていると、まぶたの裏がすごく明るくなってきて、その明るさが尋常じゃなく全身を包み込むような光になってきて、明るすぎて目を閉じていられないというおかしな状況になったりしました。

これは今でも時折やってきます。

インド紀行でもお話しましたが、ディクシャギバーのイニシエーションを受けてからは、目の端っこの方でオーブのようなものがキラリと光ることが頻繁に起こります。

何にもないところで光ることもあれば、誰かが通った時に光ることもあります。

あれだけは未だに何だかよくわかりません。

 

ことのついでにオーラについて少しお話ししておきますと、僕が初めてオーラが見えたのは何と、食卓の上にあった置時計なんです。

そう、時計のオーラを最初に見ちゃったんですね。

僕にはカラーでは見えません。

江原氏が言うような金色だとか真っ赤だとかいうような感じには見えなくって、単に白黒で見えるだけです。

それも物体のごく近くのエネルギーフィールドを見ているに過ぎません。

ところが、最初に単なる物体のオーラを見たところにミソがあって、物にも心があるというか、すべて同じ生命体でエネルギーを出しているんだということを身をもって知ったわけです。

山焼き.jpg

それからは僕の物の見方、ここでいう物とは文字通り物ですが、それが変わりました。

よく花とお話しするとか、動物と話しするというのはありますが、物とも話が出来るというのが僕のスタンスです。

実際、ホテルの部屋に入った時にその部屋とお話したりする人はいます。

ケビンなんかもそのひとりなんですよ。

 

僕たち歯科医は学会や研修会でスクリーンをバックにして話すスピーカーを見る機会が多いです。

そのスクリーンに何も映していない時、真っ白な時に演者のオーラがそこに映し出されます。

決してライトの影なんかじゃありません。

これは比較的誰でもそれと気づくので、皆さんもそんな機会があれば一度よく観察してみられたら良いと思います。

 

~光とともに~

光とともに

あなたはいます

いつの日も いかなる時も

あなたは光とともに

 

その光はあなたを照らし

あなたを包みこみ

そしてあなたから発せられています

 

どうか 光の存在を忘れないで

それこそが この世界の真実だから

2011.1.23