光であるために
「あなたが光であってください」と言われても、どうすれば光になれるの?
ごもっともな質問です。
光に包まれるとか、人が光に見えるとかいったような神秘体験のない人はピンとこないのが当然です。
超物理学的には人間は光以外の何物でもないので、光であるために特別努力する必要もないのですが、いかんせんほとんどの人はその光が曇っています。
僕は逆立ちした蛍みたいに光ってます(すぐ話がそっちに行く、笑)
なぜ曇っているかというと、体中にマインドという灰が積もりまくっているからです。
「こうしなければならない」というのがあちこちの皮膚にこびりついて取れない状態。
これではいくら本体が光だと言っても、光りは見えませんよね。
また溜め込んだ感情も内側の光の強度を弱くします。
そこで・・・
① 体の表面の大掃除
こびりついたマインド(既成概念)を剥がすにはディクシャが一番・・・と言いたいところですが、ディクシャが嫌いという人もいるでしょうから、別の方法を考えてみましょう。
もしあなたが常に直感を大切にして動いていたら、マインドの入り込む余地はありません。
直観というのは自分の内なる声だからです。
ずばりプレゼンスのアドバイスだったりします。
ただプレゼンスというのは、こう言ったらどう思われるだろうとか、恥ずかしいとかいう概念が全くもってありませんので、最初はその通りにやろうとするとかなり抵抗があると思います。
でもまあ、やれるならその通りにやる、難しければやれる範囲でやる、で構わないと思います。
そのうち慣れてきたら思いっきり直感の通りに動き、頭でものを考えて行動をしないようにすればよいのです。
マインドはそれに対し強烈に抵抗してくるでしょうが、あなたが直観に従って動いている限り手の出しようがありませんので、そのうち一枚、また一枚とあなたに長年ひっついていたのが剥がれ落ちていくことでしょう。
またシンクロニシティに気づくというのも大切です。
さも偶然に思えるようなことも実は偶然なんかではなく、プレゼンスが裏で手を回しまくっている話なので、それを利用しない手はありません。
そして、そのことにお礼を言うとそのシンクロは益々頻繁にあなたの元へとやって来るでしょう。
直観に従うこととシンクロニシティに気づくこと、これらはつまりあなたはいつもあなたの核心(本体、プレゼンス)とともにあることを自覚しているということです。
こうなるとマインドはさっぱりワヤ、という状態ですね。
②内側の曇りを取り除くには
こりゃあなた、もう感情を出しまくるしかありません。
ただしやり方があります。
スピリチュアルセミナーというのもいいのですが、正直言ってそんなものばっかり受けてられません。
で、何が効果的かというと、泣き笑いすることだそうです。
なぜ「だそうです」と言うかというと、上からもらったメッセージだからですね。
僕なんかは普段からよく笑いますが、そうじゃない人はお笑いのDVDを見るのも良いでしょうし、寄席に行くのもありでしょう。
笑うと免疫力が上がるというのはもはや常識です。
泣くのもいいですよ。
心の掃除には一番かもしれません。
これも名作と呼ばれる映画を見たり、詩を読んだり、何だってかまいません。
文字通り涙は心の汚泥を洗い流してくれます。
踊る、これもまたすごく効果的です。
「日本人のための究極の言霊」は「神すべからく舞い 人すべからく舞う」でした。
舞うというのは気持ちを表現するということです。
頭でこのように舞おうとかじゃなくって、ただ心のおもむくままに動くのです。
これ最高!
人が見ていて恥ずかしければ、自分の部屋でこそっと、しかし大胆にそして情熱的に踊ればよろしい。
僕は時折、居間で踊っては子供たちにバカにされます(笑)
カラオケというのは日本人の発明したものでは出色のものです。
これも良いそうです。
じゃあ、怒りや憎しみはどうすれば良いのか?
これはね、涙に変えてしまうという方法があります。
実は怒りや憎しみというのは、つきつめていくと寂しさに行きつくのです。
まあ、このようにして自分自身の外側(本当は内側だけど、表現の関係上外側)の大掃除と内面の曇りを払ってください・・・・と言いたいとこだけど、ダメですよそんなことしちゃ。
「あのブログにすごく良いやり方が載っていたので、早速実践してますぅ」なんてやっちゃダメですって。
これらは、あくまでも例として出したのであって、そのとおりする必要は全くありません(もちろんしても良いんだけど)
皆さんは色んなことから自由である必要があります。
だから核心さえ理解してもらえれば、何でもいい、自分のやり方でやってください。
写真は昨日ワンネスビル屋上から見た若草山と高円山。
山焼きと大文字の送り火が行われるところで、その形に雪が残っていました。
ということで、また明日。
2011.2.16