やたらめったら「自殺したらどうなるのか?」という検索でうちに来る人が多いので、もう一丁だけ書いておきますが、このことについてはこれで打ち止めにします。

僕は何とか自殺を思いとどまって欲しいという思いで書いているわけではありません。

ただ本当にどうなるかをまず知ってもらってから考えても遅くないだろうと思っています。

書いてあることを信じても信じなくてもその人の自由。

でも信じないのだったら検索する必要ないじゃん?

自分の信じたい記事だけ信じるのだったら、最初っから調べる必要すらないでしょう。

それより何より不思議なのは、「何のために生まれてきたのか?」「何のために生きるのか?」ということを知らない、あるいは明確に答えられないのに、「自殺したらどうなるのか?」を知りたいというのは本末転倒ではないですか?

 

自殺した人が天国に行くことはあり得ません。

可能性0%

だからといって地獄に行くわけでもありません。

地獄などというのはどの次元にも存在しないから。

ただしそれっぽいものをあなたの思考で作りだすことはできます。

自殺する前に捉われていた思考が作り出す世界にあなたは落ちていきますが、それを地獄と呼ぶのであればそうかもしれません。

落ちると言いましたが、それは人生を転落していくとかいう意味ではなく、エネルギーレベルの高い方から低い方へ移動することを指しています。

一連の人生ゲームの話で実にわかりやすく説明しましたが、あなたは自分が決めてきた体験を体験しきるまではそのゲームから降りることはできません。

何度自殺しようが先に進まないのです。

そしてそのルールを決めたのは他ならぬあなた自身。

 

人に必要とされていないと感じる時、もう自分なんかこの世にいなくてもいいんじゃないかと思います。

人を信じられなくなった時、特に身内から疎外感を受けた時、もう自分なんか消えた方がいいやと思います。

人に愛されないと感じた時、そもそも愛というものを信じれなくなった時、いったいこの世界は何なのだ?と思います。

そして自殺することにより、心のどこかで残された人が自分の存在に気づいて欲しいと思います。

それとともに、その時になってようやく自分の存在に気づいた人たちに対して、見返してやったみたいな感じになるだろうと期待します。

 

すべて幻想であり、マインドの仕業に他なりません。

あなたが死にたいと考えているのではないのです。

そのような思考の電磁波をあなたの脳が拾ってしまっているだけ。

過去に自殺した人の想念、今現在死にたいと思っている人の想念と同じ周波数であなたが振動しているから、それらの電磁波は常にあなたを襲ってきます。 

あなたがこの世を虚しいと感じるのは、きちんと感情のやり取りをしていないから。

感情のやり取りに問題を抱えるのは、生まれた時から感情の抑制というのを親や社会に強制され、感情には善悪があると間違った概念を植え込まれてきたからです。

 

では最も大切なことをお伝えします。

自らを殺すということは、それもりっぱな殺人です。

要するに人を殺しているわけです。

これは新たなカルマを生みます。

カルマを生むというのは、運良く転生できた時にもその事が原因となるネガティブな結果を受けるということです。

 

だいたいが自殺というのは、どのようなものであれ外的な力を借りますよね。

ガスでもロープでも刃物でも飛び降りることによる衝撃でも、すべて他の力を借りているのです。

要するに自分で自分を道具を使って殺しているということです。

じゃあ切腹はどうなんだ?と言われると、今のところ答えられません。

なんとなく自殺とは一線を画すような気もしますが、よくわかりません。

 

「すめらぎ統べる国」の時代、そのすめらぎ達は自分の長い人生に終焉が来たと感じたら、山の中へ分け入り洞穴を掘り、食を断ちそこに身を横たえ、最期の時を待ちました。

徐々に呼吸がゆっくりとなり、最後は一分間に一回くらいになっていきます。

これは自死といい、自殺とは違います。

多くの動物はこのようにしてこの世を去っていきます。

 

もう一つ究極の自死の方法があります。

自ら呼吸を止めるのです。

生命を保つ機能の中で自分の意思でコントロールできるのは呼吸だけだから。

でもこれをやりきれる者はいません。

なぜなら、人に限らずあらゆる生命は天寿を全うせずに自ら死ぬようにはできていないからです。

それこそが自然の摂理。

宇宙の条理であります。

 

自殺というのは自ら死ぬんじゃないんです。

自分を殺してしまう行為なんです。

そこのところをよく考えてください。

後悔なきように。 

2011.3.9